弟子ハンス・フォン・ビューローのために
「リゴレット」はオペラの巨匠、イタリアのヴェルディの中期の大傑作オペラです。有名なアリア「女心の歌」は、ヴェネツィア初演の大成功の後、町中の人が口ずさんでいた、と言われるぐらいの人気演目でした。リストは、このオペラに目をつけますが、彼がピアノ曲の題材としたのは、アリア(オペラの中で、一人の役が単独で歌う歌曲)ではなく、第3幕の四重唱、「美しい恋の乙女よ」をモチーフとしたのです。というのも、このオペラは、ヴェルディ作品にしては珍しく大規模な合唱のシーンが少なく、中心となるキャラクターたちの重唱で心理描写をし、全体が構成されているオペラだからなのです。
原作となるオペラ「リゴレット」が初演されたのは、1851年。そして、リストが「リゴレット・パラフレーズ」を作曲したのは、1859年のことでした。当時のヒット作の伝達速度を考えると、リストは流行に敏感だった、と言えましょう。ただ1811年生まれのリストは、この時期はドイツ・ワイマールの宮廷楽長を務めていた時期で、欧州を股に掛けるピアニスト活動からは少し身を引いており、作曲に専念していました。この作品も、弟子の指揮者にしてピアニスト、ハンス・フォン・ビューローのために書かれたと言われています。ちなみに、ビューローは、のちにワーグナーの妻となるリストの娘、コジマの最初の夫でもありました。
リゴレット・パラフレーズは、演奏時間も7分と比較的短く、当時なら「誰でも知っている」リゴレットの重唱のフレーズを題材とし、きらびやかな変奏を施した作品で、当時から、「リストのオペラ編曲もの」としては、人気も高く、現在でも、最もよく演奏されるこのジャンルの作品となっています。超絶技巧を誇ったリストの作曲ですから、演奏はかなり難しいのですが、19世紀の人気オペラを、19世紀の「ザ・ピアニスト」リストが自由に「いじった」この作品は、当時の栄華を伝えてくれるような華やかな雰囲気に満ちています。
本田聖嗣