「男の隠れ家」9月号の「31文字の日々是好日」で、マルチタレントの知花くららさんが建築への憧れをつづっている。那覇市生まれの37歳。モデルの枠に収まらず、国連世界食糧計画(WFP)の日本大使を務め、短歌もたしなむ。身辺雑記が中心の連載だが、盛りだくさんの生き方が文章にも活気を与えるのか、心地よい読後感を味わえる。
「この春、とある芸術大学に入学した。ずっと憧れていた建築を学ぶためだ」
この冒頭を読んで、また新しいことに挑むのかと驚いた。通信制だが、月に二回ほど週末のスクーリング(受講生を大学に集めての共同学習)がある。製図の実習では、ケント紙にミリ単位の細かさで線を引く訓練を重ねるらしい。
「沖縄的な〈てーげー〉で大雑把なところがある私。なかなかきれいな線が引けない。周りはいとも簡単そうに課題をクリアしていくのに、私は亀の歩みだ」
線引き作業の前段だろうか、紙上に0.5ミリの点を打ちながら知花さんがふと思い浮かべたのは、アフリカの埃っぽい風だった。国連の仕事で訪れた時の体験だろう。
「大教室の青白い蛍光灯の灯り、滑らかで真っ白なケント紙、線を引く静かな音。それらに対比するように、アフリカの強烈な陽射し、土まみれのお母さんの乾いた素足、アフリカンドラムの響く音、そんなこと一つひとつを懐かしく思い出している自分がいて」
40歳を前にして全く違う世界に挑んでいることを実感する瞬間...「向いてないのかも、なんて弱音がムズムズと顔を出す。心が折れそうになった」そうだ。
アラフォーの学び
そんな時、尊敬する建築士から激励のメールが届いた。
〈「建築的な思考」を学んでください。世界の見方が全く変わりますよ〉とあった。
「何だか泣けてきた。私が学ぶ意味はそこなのだと思えた。世界をもっと知りたくて始めたこの学び。今、一生懸命勉強すれば、今まで旅してきた美しい世界が、またきっと違って見える」
たとえば住居。アフリカで見た牛糞壁の家、マッチ箱みたいな難民キャンプ、沖縄の祖父の生家...それらに建築家の目を向ければ「もっと生き生きとして見えるに違いない」
「そこで私ができることも新たに生まれるかもしれない。そう考えればワクワクしてきた。せっかく憧れの学問に挑戦しているのだし、今はとにかく楽しもう。アラフォーの学び。できるところまで踏ん張ってみようと思う」
なかなかのポジティブ思考、そして「回復」の早さである。
2017年の角川短歌賞で佳作となった筆者らしく、連載には毎回一首が添えられる。
〈ケント紙に一ミリの半分を書きつけて アフリカの砂埃を思ふ〉
なお、初の歌集「はじまりは、恋」が6月、角川書店から刊行された。