明治時代にもタピオカがあった! 100年前のレシピを再現したら驚きの味に

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   大人気の「タピオカ」が、今から100年以上前にすでに日本で食べられていたことをご存じだろうか。

   村井弦斎(1863-1927)が1903(明治36)年から1年間「報知新聞」に連載していた小説「食道楽」には、たびたび「タピオカ」が登場している。J-CASTトレンド記者は、同書に記載されているレシピから、「タピオカのブラマンジ」「タピオカプデン」「タピオカのマッシ」を作ってみた。

  • プルプルの「タピオカのブラマンジ」
    プルプルの「タピオカのブラマンジ」
  • きれいな山型に仕上がった
    きれいな山型に仕上がった
  • トロトロの「タピオカプデン」
    トロトロの「タピオカプデン」
  • 不思議な味の「タピオカのマッシ」
    不思議な味の「タピオカのマッシ」
  • プルプルの「タピオカのブラマンジ」
  • きれいな山型に仕上がった
  • トロトロの「タピオカプデン」
  • 不思議な味の「タピオカのマッシ」

タピオカは「病人食」として紹介されていた

   「食道楽」は明治時代のベストセラー小説で、「春の巻」「夏の巻」「秋の巻」「冬の巻」の4巻からなる。和食、中華料理、洋食から多くの料理が紹介されており、そこでタピオカは西洋食材として登場する。弦斎が京浜間の食品店を調査して作成した「西洋食品価格表」にも記載されており、明治時代にもタピオカを販売する店があったことがわかる。小説内では、煮ると葛のようになる粒状の食べ物で、西洋では病人食として食べられていると書かれている。

   タピオカを使った「病人食」として紹介されているのが、「タピオカのブラマンジ」「タピオカプデン」「タピオカのマッシ」の3種類だ。

   記者はこの3種のレシピを要約し、実際に調理した。

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