西郷隆盛も感染した風土病   
日韓で征圧した歴史を探求

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   感染症の歴史学を研究する青山学院大学文学部の飯島渉(わたる)教授は、長崎大学熱帯医学研究所を訪ねた際、ある文献に目が留まった。

   「長崎で発生したリンパ系フィラリアという感染症を、戦後征圧したときの資料を読んでいたんです。すると、長崎での治療経験が、韓国の済州島(チェジュド)でリンパ系フィラリアが発生した際に生かされた、という話が書かれてありました。済州島の風土病の征圧に長崎大学の研究者たちが関わっていたんですね。そのときこう思いました。どのような経緯で征圧に至ったのか。当時の日韓の研究者がどのような形で力を合わせたのか。一方で済州島の患者さんたちは、どんな治療を受け、どんな治療効果を得られたのか。それをヒアリングして記録として残しておきたいと・・」

  • 青山学院大学文学部の飯島渉(わたる)教授。感染症の歴史学について研究するグループ「感染症アーカイブズ」を設立。ホームページに感染症、寄生虫病、風土病に関する資料を整理・保存し、この領域に関心のある方々に情報を提供している(写真 菊地健志)
    青山学院大学文学部の飯島渉(わたる)教授。感染症の歴史学について研究するグループ「感染症アーカイブズ」を設立。ホームページに感染症、寄生虫病、風土病に関する資料を整理・保存し、この領域に関心のある方々に情報を提供している(写真 菊地健志)
  • リンパ系フィラリア征圧を目的に作られた「日韓共同研究チーム」。1970年9月にソウルで撮影された貴重な写真。前列のサングラスの男性が、九州大学名誉教授の多田功氏(撮影者 不明)
    リンパ系フィラリア征圧を目的に作られた「日韓共同研究チーム」。1970年9月にソウルで撮影された貴重な写真。前列のサングラスの男性が、九州大学名誉教授の多田功氏(撮影者 不明)
  • 調査研究は、フィールドワークが多い。東アジアを中心に、感染症が発生した場所を歩いてきた。専攻は医療社会史。2018年4月から長崎大学熱帯医学研究所客員教授を兼任(写真 菊地健志)
    調査研究は、フィールドワークが多い。東アジアを中心に、感染症が発生した場所を歩いてきた。専攻は医療社会史。2018年4月から長崎大学熱帯医学研究所客員教授を兼任(写真 菊地健志)
  • ソウル大学医学部の徐(ソ)教授の論文。当時、韓国の寄生虫学会で二大巨頭の一人だった徐教授が長崎大学の片峰教授に連絡を取り、ソウル大学と長崎大学が組むことになった(写真 菊地健志)
    ソウル大学医学部の徐(ソ)教授の論文。当時、韓国の寄生虫学会で二大巨頭の一人だった徐教授が長崎大学の片峰教授に連絡を取り、ソウル大学と長崎大学が組むことになった(写真 菊地健志)
  • 1960年、埼玉県生まれ。主な著書に、『マラリアと帝国――植民地医学と東アジアの広域秩序」(東京大学出版会、2005年)、『感染症の中国史――公衆衛生と東アジア』(中公新書、2009年)などがある(写真 菊地健志)
    1960年、埼玉県生まれ。主な著書に、『マラリアと帝国――植民地医学と東アジアの広域秩序」(東京大学出版会、2005年)、『感染症の中国史――公衆衛生と東アジア』(中公新書、2009年)などがある(写真 菊地健志)
  • 青山学院大学文学部の飯島渉(わたる)教授。感染症の歴史学について研究するグループ「感染症アーカイブズ」を設立。ホームページに感染症、寄生虫病、風土病に関する資料を整理・保存し、この領域に関心のある方々に情報を提供している(写真 菊地健志)
  • リンパ系フィラリア征圧を目的に作られた「日韓共同研究チーム」。1970年9月にソウルで撮影された貴重な写真。前列のサングラスの男性が、九州大学名誉教授の多田功氏(撮影者 不明)
  • 調査研究は、フィールドワークが多い。東アジアを中心に、感染症が発生した場所を歩いてきた。専攻は医療社会史。2018年4月から長崎大学熱帯医学研究所客員教授を兼任(写真 菊地健志)
  • ソウル大学医学部の徐(ソ)教授の論文。当時、韓国の寄生虫学会で二大巨頭の一人だった徐教授が長崎大学の片峰教授に連絡を取り、ソウル大学と長崎大学が組むことになった(写真 菊地健志)
  • 1960年、埼玉県生まれ。主な著書に、『マラリアと帝国――植民地医学と東アジアの広域秩序」(東京大学出版会、2005年)、『感染症の中国史――公衆衛生と東アジア』(中公新書、2009年)などがある(写真 菊地健志)

古代に大陸から持ち込まれた

   公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団の2018年度助成受贈者となった「感染症アーカイブズ」代表の飯島は、7月からこの研究を具体的にスタートした。

   感染症というと、古くは天然痘(とう)、コレラ、結核、インフルエンザ。近年ではHIV/AIDSのように、世界的に人口を減らす衝撃をもった疾患を思い浮かべがちだ。

   しかし、にわかに人命を奪うほどではないが、慢性化すると日々の生活に支障をきたす風土病がある。リンパ系フィラリア、マラリア、日本住血吸虫症などである。

   1970年代まで日本でも発生していたが、征圧に成功した。しかし、世界を見渡すと中国、アジア、アフリカでいまだに発生し続けている。

   飯島は、こう言う。

   「感染症が発生した地域で、治療、予防、公衆衛生にあたるのは医療関係者の仕事です。私は、その詳細を資料で調べ、関わった医療スタッフ、治療を受けた人々に聴き取りをして記録する作業をしています。それは、これから感染症が発生する可能性のある国や地域の人々に役立ててもらうためです」

   リンパ系フィラリアは、蚊に刺されることで感染する。症状としては、悪寒をともなう発熱、リンパ系にも寄生するため陰嚢(いんのう)が腫れ上がる陰嚢水腫(すいしゅ)や足がゾウのように腫れる象皮病(ぞうひびょう)、あるいは尿の白濁(はくだく)などがある。

   リンパ系フィラリアにかかった著名人といえば、幕末の志士・西郷隆盛がいる。西郷は一時、奄美大島に島流しにされていた。そのときに感染したと推測される。奄美大島は当時、リンパ系フィラリアの流行地だったからだ。

   リンパ系フィラリアの歴史をたどると、人類が二足歩行を始めた時から存在するという説もあるが、数千年の歴史しかないという説もあり、確定していない。

   「ただ、伝播(でんぱ)するには感染した人の移動が必要です。縄文から弥生時代、あるいは中国との交流が活発になった古代(古墳時代から平安時代)に大陸から持ち込まれたと考えるのが妥当でしょうね」

   リンパ系フィラリアは、島や半島などで発生するケースが多い。生態系が関わっていると考えられているからだ。日本でいえば、四国、九州、沖縄などである。韓国でも、やはり島が多い。

公益財団法人韓昌祐・哲文化財団のプロフィール

1990年、日本と韓国の将来を見据え、日韓の友好関係を促進する目的で(株)マルハン代表取締役会長の韓昌祐(ハンチャンウ)氏が前身の(財)韓国文化研究振興財団を設立、理事長に就任した。その後、助成対象分野を広げるために2005年に(財)韓哲(ハンテツ)文化財団に名称を変更。2012年、内閣府から公益財団法人の認定をうけ、公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団に移行した。

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