「カッチーニ作曲」として定着した偽作 ヴァヴィロフの「アヴェ・マリア」

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   先週は、ハルヴォルセンの「ヘンデルの主題によるパッサカリア」を取り上げました。ほとんどハルヴォルセンのオリジナルの曲ではありますが、最初のメロディーはヘンデルのハープシコード作品から借りているので、正しく表記されている、ということになります。このように、あまり有名でない作曲家が、クラシックの歴史上の有名人の作品、または有名な作品をモチーフに新たな曲を変奏曲形式などで作曲する、いわば作曲の「本歌取り」・・ということはよくあることだ、と先週書きましたが、中には、無名な作曲家が、「自分の作品」とすると世の中に偏見を持って聴かれてしまうため、過去の別の作曲家の作品として発表する、という、いわば「逆盗作」のような事例もいくつかあります。

  • 若きヴァヴィロフのギターを構える写真
    若きヴァヴィロフのギターを構える写真
  • リュート奏者としてのヴァヴィロフの活躍を伝える掲示
    リュート奏者としてのヴァヴィロフの活躍を伝える掲示
  • ヴァヴィロフの記念碑。アヴェ・マリアをカッチーニの作としたのはなぜだったのか、今となっては真相を知るすべはない
    ヴァヴィロフの記念碑。アヴェ・マリアをカッチーニの作としたのはなぜだったのか、今となっては真相を知るすべはない
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  • ヴァヴィロフの記念碑。アヴェ・マリアをカッチーニの作としたのはなぜだったのか、今となっては真相を知るすべはない

どう考えても20世紀以降のテイスト

   有名なのが、名ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーが、「バロックの未発表の作品の楽譜を発見した」として、いくつかの自作をバロック時代の作曲家の作品として発表し、記者に指摘されて白状したというケースがありました。これは、クライスラーが、演奏家としてあまりにも高名で、同時に作曲家としてはアマチュア同然、と考えられていたために、「先入観なしで曲を聴いてほしい」という思いから、過去の作曲家名を借りて自作を発表した、というケースです。幸か不幸か、世界的な演奏家クライスラーのことですから、彼の演奏曲にも注目が集まり、マスコミに追及されて作曲者の正体が暴かれることになりました。

   今日取り上げる曲は、真の作曲者たる演奏家も、名前を借りた古い時代の作曲家もあまり有名でなかったために、真相が暴かれぬまま現在も演奏されている曲、「カッチーニのアヴェ・マリア」です。曲自体はとても有名で、たくさんの声楽家や器楽奏者によって、今日でもよく演奏されています。

   結論から書くと、この「カッチーニのアヴェ・マリア」という曲は、後期ルネッサンスから前期バロックにかけての時代、イタリアで活躍したジュリオ・カッチーニの作品では全くありません。

   そもそも曲のハーモニーが、古い時代には存在しない、使われることのないもので、どう考えても20世紀以降のテイストで書かれています。そして、バロック音楽の専門家によると、「この形式の曲なら3拍子であるのが自然で、4拍子で書かれているところからして、これは後世の偽作」と断定されるトンデモ作品です。つまり、あけすけに言えば、「カッチーニの時代のスタイルのことなんか一切気にせずに作曲し、カッチーニ作品と適当に名乗った」作品なのです。

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でピルミ エ・ プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソ ロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目CDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラ マ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを 務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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