キャッシュレス中国の課題
PASMOやnanacoカードなど、冒頭に述べた評者自身の経験でも明らかなように、確かに現金を必要としないキャッシュレスは便利だ。そして、今や中国は、その先端を走り、中国新経済と呼ばれる新サービスを次々と生み出している。
果たして、こうした動きに死角はないのか?
著者は、最終章で、中国のキャッシュレス社会のデメリットも分析している。
その一つが、一見、先端技術を駆使して展開しているように見える新サービスも、最終的には多数の低賃金の農民工によって支えられているという問題だ。
シェア自転車なら、乗り捨てられた自転車の回収、修理などは農民工が担っているし、無人ジムや無人カラオケ、無人コンビニの清掃やメンテナンスも農民工の手によるのだ。
2011年以降、生産年齢人口が減り始めている中国にとって、かつてのような労働集約型モデルを維持し続けることは難しい。更に技術を発展させて、真の省人化、無人化につなげていけるかが問われている。
もう一つが個人情報の問題だ。
中国において、短期間にキャッシュレス・サービスが普及したのは、何よりも無料だったからだ。しかし無料といっても対価は存在する。サービス利用者自身の個人情報だ。これを一方的に情報を握るプラットフォーマーが自由に活用できるままでよいのかという問題である。
そして、この問題は中国一国の問題でなく、グローバルな課題でもある。欧州を中心に個人情報保護が重視される状況にあって、今後、中国はどのような途を歩むのだろうか。
著者曰く、「日本人と比較すると、中国人は個人情報の共有に対しそこまで敏感ではないように感じる」という。
実際、中国で覇権を握る二大プラットフォーマー(アリペイとウィーチャットペイ)は、サービス利用者の決済情報のほか、様々な個人情報を集積し、スコア化し、活用している。スコア(点数)によって、顧客を差別化しつつ、積極的に利用者の囲い込みに利用しているのだ。
こうしたビジネスモデルは、米国の同種のプラットフォーマーでも同様であるが、中国の場合、民間ベースで集められた信用情報を社会統治に組み込もうとしている点に大きな違いがある。個人の信用調査を、民間企業による分散型の仕組みではなく、政府主導の中央集権的な仕組みに統一しようとしているそうだ。
政治と経済が一体である中国にとって、違和感のないことなのかもしれないが、果たして、国家が一人ひとりの国民の個人情報を握ることが、中国の社会・経済にどのような影響を及ぼすことになるのか、また、それは国際政治の文脈においてどのような意味をもたらすのか、重大な課題だと思う。