ベルギーでテロ事件に遭遇、スマートさに驚く
災害が多く、テクノロジーが進んでいるはずの日本で、遺体の身元確認方法がずさんなまま放置されてきたのはなぜだろうか。コストや手間の問題もあるが、熊谷は、「日本のお国柄が関係しているのではないか」という。
「日本では、《死》とは縁起の悪いものだという感覚が強いと思うのです。災害が起きて多くの死者が出ることが想定されていながら、それに対して具体的に備えることも縁起が悪い。また見つかった死者はできるだけ早く弔(とむら)って荼毘(だび)にふしたい。そう考える人がまだまだ多いでしょう」
だが、世界的にはそうではない。遺体は、歯科所見、指紋、DNA型という個人識別ための三大手段のデータを取っておくことが重要なのである。データを揃えずに葬(ほうむ)ることは死者の尊厳を損なうことだという考えが、一般に浸透しているという。
2016年3月下旬、ベルギーに留学していた時、ブリュッセルで連続爆破テロ事件に遭遇した。留学先の病院に次々と遺体が運ばれてきた。熊谷も留学生として手伝ったが、そのやり方は国際刑事警察機構(インターポール)の規約や手順に沿ったものであり、非常にスマートに感じられた。
「私は速やかな対応に感銘を受けたのですが、別の国で経験を積んだ人から『ベルギーのやり方はまだまだだ・・』と言われ、驚きました。残念ながら、今の日本は国際刑事警察機構の基準ではまったく認められないほど遅れを取っています」
東日本大震災後では日本各地で多くの災害が起きた。だが、身元確認がずさんなまま遺体が引き渡されるケースは今も続いているという。将来、確実に大災害が来ると予想されている我が国で、こういう状態がいつまで放置されていくのだろうか。
「東日本大震災では、岩手県内だけでも30数カ所の遺体安置所がありました。各遺体安置所に一人でも二人でも専門家がいれば、ボランティア歯科医師に指示を出して、適切な歯科所見を取ることができたと思います」
日本人の意識をすぐに変えていくことは難しいかもしれない。しかし、県警や行政の中に専門的な知識を持った人を少しでも増やすことで状況を変えていきたいと熊谷は考える。世界で当たり前になっていることが日本で出来なくて良いわけがない。
「今年はラグビーW杯がありますし、来年は東京オリンピック・パラリンピックがあります。そのタイミングで万が一大災害が起きた時、外国人を含めて多くの死者が出る可能性があります。その時に日本がしっかりした死者の身元確認が出来ないようでは大問題になるでしょう」