文字が持つチカラ
この作品を読んだ私はまず、東京23区の地図を開き、新宿区北部にあるはずの「外資系高級ホテル」「25年前には聞いたことも無い名前のホテル」を確認した。なるほど。
役者として売れる前に味わった屈辱。いつの日にかその始末をつけたい、と念じていた松重さんである。当然ながら、あの現場監督に向かうべき恨みであり、宿泊施設としてのホテルとはなんの関りもない。だが監督は今どこで何をしているか分からず、でっかい憤怒の落としどころとして、彼の自宅を突き止めることもかなわない。
他方、A地点とB地点の間を一往復半した恨みの砂は、ホテルの基礎構造のどこかに使われているのである。松重さんの解決法は「それ」しかなかった。冒頭の「優雅に混み合っていた」という描写に、私は歪んだ怒りと、宿願成就が近い解放感を見て取った。
もちろん、黒い目的のために自腹で宿泊するのは馬鹿らしい。くだんのホテルが撮影現場となったことで、ついにその時が巡ってきたわけだ。タイトルに「オムレツはトイレのあとで」とあるように、まずは「仕事」である。
客室で水に流した積年の恨みは、こうして主要誌で公にすることでサッパリ昇華したに違いない。文字が持つ癒しのひとつだと思う。おめでとうございます。
冨永 格