■『日本の地方政府――1700自治体の実態と課題――』(曽我謙悟著、中公新書)
30年前のことだが、評者は旧厚生省から出向という形で、関西の中堅都市(市役所)で2年間働いたことがある。企画部に配属されたこともあり、市政の様々な仕事に携わった。福祉は無論のこと、まちづくりや交通政策にも関わった。選挙の際には、投票所の管理や開票作業なども経験し、自治体行政の間口の広さに驚いた。
霞ヶ関の場合には、基本的に、政策分野ごとに省庁が存在し、人事異動もその範囲で行われる。他方、自治体の場合には、市民生活に関わるあらゆる分野が、一つの組織で担われ、運営されている。一般職員の場合、建設部門⇒福祉部門⇒議会事務局など全く異なる分野に異動することもしばしばである。
政官関係に一定の距離のある霞ヶ関と違って、市役所内で全権を握る市長が絶対的な地位にあることにも驚いた。周囲の気の使いようを見ながら、選挙で選ばれた首長の権力の大きさを感じた。他方、地方議会との関係は、国会のそれとは大きく異なっていた。大部分の会派が与党という状況であったから、与野党対立という場面はなく、多くの議員が絶対的権力者である市長との関係に腐心し、市議会での議論も当局側に個別対応を求める内容が多かった。同じ公的組織でありながら、自治体と国ではずいぶん違うなと感じたものである。
本書は、こうした地方行政や地方政治について、その構造と実態を、政治制度、国や他の自治体との関係、地域社会・経済の3つの面から、詳しく解説した本。自治体を取り上げた類書が、様々な事例を取り上げるのに対し、本書は、戦後に生じた変化とともに、逆に変わらずにきたこと、諸外国の地方政府との異同などについて、様々なデータを使って教えてくれる。
なお、本書では書名をはじめ「地方政府」という耳慣れない言葉が使われている。著者によれば、地方自治体や地方公共団体という言葉では「行政機構」というニュアンスが強く、選挙があり、立法活動も行われている都道府県や市町村の実情が適切に反映されていないという。住民が選挙によって政治的代表を選び、議員や行政職員らによって政策が作られていく。こうした有り様は、やはり「政府」と捉えることが適切だというのだ。
30年で大きく変わった地方政府
30年前、3300を数えた市町村は、平成の大合併を経て、今や1700余りにまで減り、1市町村当たりの人口規模は大きくなった。と同時に、国と地方政府との関係も大きく変わった。3度の地方分権改革を通じて、それまで上下関係と捉えられていた国・地方関係が対等な立場へと転換されたのである。
著者によれば、機関委任事務の廃止などを内容とする第一次地方分権改革(1995年~99年)、国の支出(地方交付税と国庫支出金)を削減する一方、地方固有の財源である地方税を拡充した三位一体改革(小泉政権:2002年~05年)、国の事務・権限の都道府県への移管等を内容とする第二次地方分権改革(2006年~18年)といった3度の改革により、地方の自律度は大きく高まったという。
その結果、地方政府において圧倒的な力を持つ首長の役割も拡大した。従前ではあまり見られなかった国会議員から知事や市長への転身が増えていったことは、その証左であろう。
平成時代を振り返れば、市町村の規模が拡大し、国との関係においても自治体の地位が向上した30年であったが、人口減少が加速化するこの先を考えると懸念は尽きない。2040年を見据えると、人口5000人を下回る市町村は全体の4分の1(406自治体)にも達する見込みである。人口5000人と言えば、病院の立地すら見込めない規模であり、自治体として自立運営を続けていくには苦労を伴う規模だ。実際、平成の大合併でも5000人以下の自治体については、魅力に乏しいためか合併が進まなかったところも多いという。
この30年で規模や権限の面で地方政府の強化は進んだが、人口減少という社会構造の変化を考えると、道半ばと言えよう。実際、総務省からは2040年に向けて、市町村行政について、全ての所管業務を自前で行うフルセット主義から脱却し、圏域単位でカバーするといったラディカルな提案も出されている。まだまだ改革は続いていくのだ。