長く広く愛されて
黒柳さんの連載は回想譚で、記憶を呼び返しながら経緯を淡々と記していく。それでいて最後まで読ませるのは、ファクトそのものが面白いうえ、筆者の反応や感想が実に正直で、自然体だからだと思う。いわゆる「天然」の元祖のようにも言われる筆者である。
パリ在勤時代、仕事でいらした彼女と5時間も「二人きり」になる幸運に浴した。その博識と引き出しの多さに圧倒されつつ、時おり見せる少女のような表情や受け答えにハッとしたものだ。長く広く愛される所以だろう。
NYでの競売エピソードはそんなに昔のことではない。黒柳さんは70歳くらいだろうか。それでも、サザビーズで「この辺でやめていただけませんか?」と哀願する様子は「いかにも」だし、光景が目に浮かぶ。
会場の空気は「ヘプバーンの映画のように、ウィットに富んだ微笑みに満ちているようでした」と本人が述懐する通り、周囲の反応は嘲笑や軽蔑ではなく温かいものだった。
「では、指輪はあちらのお嬢さんのものに」という競売人(ハンマーおじさん)の口上もいい。意外な展開と、その先に待つ大団円。気の利いた短編である。
面白い人には、面白い出来事が寄ってくるらしい。
冨永 格