交響曲の描く壮大な世界に当初から自信
すでに2曲の交響曲で、大自然や人間の複雑な感情をも描くことに慣れてきていたマーラーは、第3番で、もっと壮大な世界・・宇宙を含めたこの世のありとあらゆることを描こうと試みます。彼としては、珍しく、全体の構成を各楽章のタイトルを決めることによって、大規模な構造を最初に俯瞰しようとします。のちに、やはり言葉は先入観をもたらし誤解を招く、としてすべて削除してしまいますが、スケッチが完成した段階で、彼は友人に各楽章のタイトルを手紙で知らせています。
夏の真昼の夢
第一部
導入部 牧羊神がめざめる
1. 夏が行進してやってくる
第二部
2. 野の花たちが私に語ること
3. 森の動物たちが私に語ること
4. 人間が私に語ること
5. 天使たちが私に語ること
6. 愛が私に語ること
これがそののち、全6楽章へと収れんしていきます。当初は全7楽章として考えられましたが、第7楽章は、次の交響曲第4番へ転用されています。
すでに交響曲第2番「復活」の第4楽章で、ベートーヴェンの「第九」以来、初めて交響曲に声楽を登場させ、人間の世界を超えた天上への信仰を描き出していたマーラーは、第3番でも躊躇なく声楽を取り入れます。しかももっと大規模な形で・・・すなわち、アルト独唱、児童合唱、女声合唱・・・を取り入れたのです。第4楽章では、R.シュトラウスの交響詩で有名になったニーチェの「ツァラトストラはかく語りき」の一部が歌詞に使われています。
マーラーは、この交響曲の描く壮大な世界に当初から自信を見せていて、友人に、「この交響曲は、世界がいまだかつて耳にしたことがないものだ」と書き送っています。また、弟子のブルーノ・ワルターが作曲小屋を訪ねてきたとき、その周囲の自然に驚いた彼の言葉に対して、マーラーは「眺めるには及ばないよ。すでに僕がすべて作曲してしまったから」と言った、というエピソードは有名です。自然を描き、その背景にある哲学や神話に思いをはせ、人間と、信仰と、天上界とのかかわりを描く・・・マーラーは、ベートーヴェン以来、「人間の知覚しうるもっとも壮大な世界を描く」という交響曲の特性を、自身の指揮者としての現場での技量を活かしながら、綿密なプランニングのもとに、まずは「第3番」という形で結実させたのです。
第1楽章だけで演奏時間が45分、全体では1時間40分かかるこの交響曲は、かつてギネスブックに「世界最長の交響曲」として掲載されていたこともあります。確かに、演奏時間も長い交響曲ですが、そこには、ベートーヴェン以来のウィーンの伝統である「交響曲」を進化させた、天才マーラーのエッセンスが詰まっているのです。
本田聖嗣