望郷のブラジル移民 ヤマザキマリさんは老人の背を優しく押した

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随筆家の礼儀

   読み進めつつ、ヤマザキさんのブラジル行きは取材だったのだろうかと思った。マナウスで日系人たちに会っているようなので、お仕事なのかもしれない。いずれにせよ、私たちは普通、あてのない宙ぶらりんの旅はしないものだ。

   仕事にせよプライベートにせよ、旅先でのちょっとした話をエッセイで展開するには、もとになる話の面白さに加えて、相応の構成力を求められる。上記随筆の場合、素材の「本体」はたまたま隣に座ったブラジル移住者の言動だけである。筆者の感想を挟みつつ最後まで読ませてしまうのは、文章の力と、作品を貫く老人へのリスペクトゆえだろう。

   ブラジルでもハワイでも、大戦を挟んだ日系人の苦難は様々に語られている。ブラジルには20世紀初めから約13万の日本人が渡ったという。ヤマザキさんに身の上を語った老人は、先人たちが切りひらいた社会に途中から加わった世代。それでも、身寄りのない「1世」としての苦労は想像に難くない。

   「パルミットは日本の人には馴染みがないですね」と不安を隠せない老人を、ヤマザキさんは最後に励まして見送る。老いた背中を押すように。

   〈こちらこそありがとう、あなたのことを書かせてもらうかもしれません〉。そんな、随筆家としての礼儀を私は感じた。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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