随筆家の礼儀
読み進めつつ、ヤマザキさんのブラジル行きは取材だったのだろうかと思った。マナウスで日系人たちに会っているようなので、お仕事なのかもしれない。いずれにせよ、私たちは普通、あてのない宙ぶらりんの旅はしないものだ。
仕事にせよプライベートにせよ、旅先でのちょっとした話をエッセイで展開するには、もとになる話の面白さに加えて、相応の構成力を求められる。上記随筆の場合、素材の「本体」はたまたま隣に座ったブラジル移住者の言動だけである。筆者の感想を挟みつつ最後まで読ませてしまうのは、文章の力と、作品を貫く老人へのリスペクトゆえだろう。
ブラジルでもハワイでも、大戦を挟んだ日系人の苦難は様々に語られている。ブラジルには20世紀初めから約13万の日本人が渡ったという。ヤマザキさんに身の上を語った老人は、先人たちが切りひらいた社会に途中から加わった世代。それでも、身寄りのない「1世」としての苦労は想像に難くない。
「パルミットは日本の人には馴染みがないですね」と不安を隠せない老人を、ヤマザキさんは最後に励まして見送る。老いた背中を押すように。
〈こちらこそありがとう、あなたのことを書かせてもらうかもしれません〉。そんな、随筆家としての礼儀を私は感じた。
冨永 格