「真似」も「背伸び」もない
これはあまり知られてないのだが、彼には80年代の前半から10年近い「空白」がある。フォークやニューミュージックのブームが去って日本がバブルに向かう中で一線から身を引き、ニューヨークに部屋を借りて機材を持ち込んで暮らしていた。ハワイに移ってヒッピーのような隠遁生活をしていた時期もある。自宅を改造してスタジオにしたり、地下室にエコールームを作ったていたこともある。16年前のアルバムもほぼ全ての楽器の演奏を手掛けた自宅録音だった。
「70年代から80年代の洋楽のAORの音が好きで、今回のアルバムも世界中探しても手に入らないビンテージの機材を駆使してますから」
AORというのは、白人のアーティストがジャズのコードやソウルミュージックのリズムを取り入れたポップスでもあった。新作アルバム「Re-born」にもジャズやレゲエ、ボサノバなどのリズムが無理なく取り入れられている。これまでに聴いてきた洋楽の要素が自然と形になっている。「真似」も「背伸び」もない。それが「大人」の証しのようなアルバムだ。
中でも重要だと思われた曲が二曲あった。一曲は「なごり雪」や「雨の物語」を思わせる抒情的なメロディーの「冬の恋」だ。しかもバージョン違いが二曲聞ける。アルバム最後の「冬の恋-parallel」にはラップや朗読も入っている。
「そちらの方が先に出来たんです。メロディーは10年くらい前にあったんですが、今まで出したくなかった。『parallel』が出来た時に、これなら、と思えた。そうしたら、今まで出来なかった他の曲たちもどんどん出来始めた。不思議なもんですね」
もう一曲が生ギターの弾き語りで始まる「俺たちの詩」だ。「若すぎたあの頃」「夢を見たあの頃」と今。「難破船」に例えた青春が流れ着いた「灯台」。今だから歌えるメッセージソングだ。
「今まではそういうストレートなことは歌いたくなかった。この年になったから書けたんでしょうね。俺たちは世の中から外れちゃったけど、まだ負け犬じゃないと思えますからね」
アルバムの中には一行も英語詞がない。移る季節も初恋も人生のメッセージも今だから歌えることがある。曲のスタイルを超えた自然体のラブソングアルバムとなった。
「16年も出さなくていきなりフルアルバムを出す人もいないでしょう。はっきり言います。これが俺です(笑)。6月7日のコンサートでは全曲歌おうと思ってるんです。最終的にどうなるかは分かりませんが、リハーサルはそのつもりでやります(笑)」
この10年来の口癖が「魂は年を取らない」だという。6月7日、東京国際フォーラムCホールでのライブが、そのお披露目になる。
(タケ)