タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
ベテランと呼ばれるアーティストの多くが経験するハードルが「新曲の意味」ではないだろうか。特に「ヒット曲」と呼ばれる代表曲が多ければ多いほど「新曲」に対してのジレンマに陥ったりする。
例えば、メディアがその人の曲を紹介する時には、たいてい過去のヒット曲を例にあげる。コンサートでもかつての曲が求められ、新曲を披露した時には覚めた反応が返ってくる。にも拘わらず新しい作品を作ることに意味があるのだろうか。
2019年2月に16年ぶりのオリジナルアルバム「Re-born」を発表した伊勢正三はこう言った。
「それはしょうがないですね。久しぶりにコンサートに行った場所では、お客さんがそういう曲を聴きたくて待っていてくれるわけですから。僕も、結構良い曲もあるしそれなりに求められて、これで終わりでもいいのかもしれない。でも、自分の中のモチベーションが『終活宣言』してないんです(笑)」
大人向けのロックのテイスト
新作アルバム「Re-born」は、新曲ばかり12曲。先行シングルもないしドラマやCMソングのタイアップがあるわけでもない。純粋に新作アルバムとして制作された。
「結果的に16年経ってしまいましたね。一曲一曲完成度に納得がいかないとレコーディングに入れない。中には10数年かかった曲もありますし、自分でもよく出来上がったと思います」
彼の名前はほとんどの音楽ファンが70年代のかぐや姫のメンバーとして記憶しているはずだ。「なごり雪」や「22歳の別れ」「雨の物語」など抒情的な作風で知られている。
でも、新作アルバムはそうした70年代フォークの聞き手よりも70年代から80年代にかけて洋楽を聞いていた音楽ファンの方が馴染みやすいかもしれない。ボズ・スキャッグスやネッド・ドヒニーという名前を聞いたことのある人たちならなおさらだ。70年代の半ばからアメリカ西海岸で広まったAORと呼ばれる音楽。アダルト・オリエンテッド。つまり大人向けのロックのテイストが心地よい。
彼が、そうしたアルバムを作るのは初めてではない。75年にかぐや姫を解散してから結成したデュオ、風が77年にロサンゼルス録音で作り上げたアルバム「海風」は、日本のAORの先駆とも言えるアルバムだった。アルバムチャートは一位になった。でも、当時のフォークファンやメディアには「正やんは変わってしまった」と否定的な意見の方が強かった。
「早すぎたんでしょうね。でも、もし、あの時にポップスを極めていたら違うところに行ってたでしょう。今はいないかもしれない(笑)」