メディアの創りだす「疑似環境」が現実の環境とかい離
評者は、著者が提案する切り分けをできるだけ可能とし、問題解決に至る過程では、メディアの役割が重要であることをあらためて指摘しておきたい。
「メディアと政治(改訂版)」(蒲島郁夫他著 有斐閣 2010年)の指摘を借りれば、「現代社会で、メディアはわれわれに代わってわれわれの現実を定義(構成)するという役割を果たしており、メディアはわれわれの現実認識に大きくかかわっている。さらには、社会のメンバーの多少とも共通した現実認識を持たせることで、現代の大規模社会においてもメンバーの相互作用が円滑に行われるための土台を提供している」とし、われわれ人間の行動は、メディアが創りだす「疑似環境」というものに対する反応として現れるという。ただし、行動自体は、「疑似環境」ではなく、現実の環境に対してなされるという点に注意が必要だと指摘する。
原発事故に関する報道については、メディアの創りだすこの「疑似環境」が、現実の環境と大きくかい離してしまい、人間の行動に非合理性を帯びさせてしまっている。本書でも、例えば、福島第一原発事故による被曝(ばく)線量の低さを結論づけた日本学術会議の報告書(「子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題」(2017年9月)が、福島の地方紙以外ではほとんど報道されていないことを指摘する。
8回目の3.11を迎え、この8年の間に様々に異なってしまった者同士に、共有可能なプラットフォームをあらためて作ろうと苦闘する著者の真摯な取り組みを是非ひもといてほしい。
経済官庁 AK