■『意思決定理論入門』(イツァーク・ギルボア著、NTT出版)
■『不確実性下の意思決定理論』(イツァーク・ギルボア著、勁草書房)
『意思決定理論入門』『不確実性下の意思決定理論』は、イスラエル生まれの意思決定理論の大家であるギルボア教授の著作である。我々は普段様々な意思決定をおこなっている。個人の日常生活に関するもの、長期の人生設計、経営者あるいは公的機関の責任ある立場の人間として組織的決定に関わることもある。これらの意思決定の際には、様々な理由から、その決定を根拠づけている。
意思決定理論では、その様々な理由を科学的な検討の俎上に載せる。優れた意思決定とはどのようなものであるか。もし、優れた意思決定なるものがあるとしたら、現実の意思決定は、実際にその優れた決定と一致しているのか。一致していないのなら、その理由はなにか。このような論点を巡って、両著には緻密な議論が詰め込まれている。
科学の限界とその先へ進むための奮闘
この分野で標準的な理論としてベルヌーイによって立ち上げられた、期待効用の最大化という理論がある。我々は様々なリスクのもとで決定をおこなうが、そのリスクが確率として既知の場合、その確率をもとに期待効用を計算し、その期待効用が最大になるものを選べばよい。
ただ、世の中には、サイコロの目のように確率が既知であるものばかりではなく、確率がわからない事柄も多い。例えば、
・今夜、路上に車を駐車しようと考えている。それが夜の間に盗難に遭う確率はどれくらいだろうか?
・これから手術を受けようとしている。手術が無事成功して生き延びる確率はどれくらいだろうか?
・今年、中東で戦争が勃発する確率はどれくらいだろうか?
これらの事例はいずれもギルボア教授のあげているものである。これらは下のものになるほど、むつかしい。
このような問題についても、手がないわけではない。意思決定者がどの程度の確率でこれらの事象が起きるかという主観的な信念をもっていれば、その主観的確率をもとに、期待効用を計算すれば、すくなくとも、その意思決定者は自分の信念と整合的な決定をおこなうことができる、というわけである。
もっとも、これで一見きれいな理論の世界ができたようにみえても、現実社会の意思決定において、この理論ですべてが解決できるわけではない。期待効用の最大化に沿った選択が必ずしも首尾一貫しておこなわれているとは限らず、本書ではそのような事例が紹介されている。人はなぜそのような一見不合理な決定をするのだろうか。また、主観的確率を用いることで、整合的な決定は下せるようになるとしても、それは本当によい決定なのだろうか。車の盗難や手術の成功という話であれば、事例をたくさん集め、統計上条件を制御することで、よりよい確率評価に近づく余地がある。ただし、最後の戦争という事例にまで至ると、戦争という言葉の定義自体あいまいであるし、戦争と戦争の間に複雑な因果関係がある。世の中において重要な意思決定とは、この手術のようなものであろうか、それとも戦争のようなものであろうか。
両著はこのような難問に、我々の知性がどこまで迫ることができるか真摯に問うており、同様の問題に関心を抱く読者に格好の道案内となっている。
経済官庁 Repugnant Conclusion