「人を好きになる」ことの「形と理由」
一曲目の「朝が来るよ」を聞いた時、デビューアルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」の一曲目「ANSWER」を思い出してしまった。涙腺のツボに飛び込んでくるようなピアノだけの始まり。冒頭に「24時間のバーガー屋」が出てくる。「ANSWER」は地下鉄の改札から始まっていた。街中の具体的な場所を登場させるという十八番とも言えるスケッチ。それでいて「朝が来るよ」には年齢も出てくる。「50歳を過ぎた友人」が言っていたという「年を取ること」への心境。それは今年50歳を迎える彼自身と重なり合った。歌詞の中の「ささやかなことの中に隠された大事な意味」というのはアルバム全体を流れているような気がした。
人を好きになるというのは、誰にでもある自然な気持ちだろう。でも、そこには相手がいる。時には両者の心が通い合わなかったり理解し合えないことも少なくない。その中で自分の気持ちをどう確かめていくのか。どの曲も「君と僕」の間にある微妙な「心の揺れ」を歌っているように聞こえる。
「世界がどうだとか他の人がどうだとか」よりも「君と僕が同じ時に同じ空見て綺麗と思えたこと」の方が大事だろう、と歌う5曲目「ただただ」。「本当の闇なんてこの世界のどこにもない」と歌う6曲目「キボウノヒカリ」。手を取ったまま屋根の上で朝を迎えている「変わり者の二羽のカラス」を歌った8曲目「2 Crows On The Rooftop」。9曲目の「記憶」の中で歌われる「ほほを包む優しいぬくもり」に残された「愛された記憶」。ピアノ主体だったりギターの弾き語りだったり、近年の作品の中には少なくなっていた素朴でしみじみとした温度感はデビュー当時を感じさせた。
キャリアを重ねるということは、多様な方法論を身につけるということでもある。同時に実績や評価がフットワークを重くするという一面もある。世間的な言い方をすれば「贅肉」ということだろう。「Design&Reason」には、それが全くと言って良いほど感じられなかったのだ。それどころか、ここまで来たからこそ気づけたことだけを歌っているようにも思えた。
3月2日、埼玉県川口市の川口総合文化センター・リリアからアルバムを携えたツアー「Design&Reason」44本の初日がスタートした。そのステージで彼は新作アルバムのきっかけが母親から自分の生まれた時の様子を聞いたことにあった、と話していた。
アルバム最後の曲「Design&Reason」は、まさにそんな曲だ。生まれる瞬間に思いを馳せたような曲。それぞれが生まれてくる「形」にはそうなるための「理由」がある。それを受け入れることが出来た時に生まれてくる自分の「歴史への誇り」。それは若い頃には気づけなかったことだろう。
ラブソングというのは男女の恋愛だけのためにあるのではない。人が人を好きになる。そして、そんな自分も好きになる。「人を好きになる」ことの「形と理由」――。
それがデビュー30年目の原点回帰であり今後の生き方の再確認なのだと思った。
(タケ)