著者の「地獄」がより生々しく現世的に迫る

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■『地獄の思想』(梅原猛著、中公文庫)

   本年1月に亡くなった梅原氏を偲んでか、半世紀も前に出版された本書が書店に平積みになっていた。氏の初の単著という。

   著者・梅原猛氏には毀誉褒貶があると聞くが、実際のところはどうか。先入観を持たぬよう冷静に読もうと思いつつ、断定的な言辞につい「おかしいだろう」などと反応してしまう。文庫版解説が「凄烈にして果敢な書物」という言葉で始まることが、よく理解できる。

   本書を著した当時、著者は40代前半であったという。年齢相応の血気も感じさせるが、そもそも気性の激しい人でもあったのだろう。

古代列島人は「楽天的な生命肯定の思想に生きていた」のか

   著者は、本居宣長を「国粋主義的思想家」と断じ、その国学は、外来文化である仏教がもたらした影響を全否定するために日本文学を見誤った、と批判する。そして仏教思想を概説しつつ、日本文化には、仏教がもたらした「生命の思想」「心の思想」そして「地獄の思想」が存在する、と主張する。

   以上の解説を経てのち、まず本書前半は、釈尊から親鸞に至る仏教思想の変遷を概説する。 著者の仏教論は、大きな誤りを含むとして仏教界から厳しい批判も出たと聞く。だが、仏教思想のコンパクトな解説書としてみれば、本書は非常に分かりやすい。難しいものを易しく説明する、という営みは、時として正確性を犠牲にせざるを得ないものだ。その意味で、多少の粗さや誤謬がありうると認識した上で読めば、本書は『日本仏教入門』とも言うべき側面を有すると言えよう(むろん仏教に疎い評者は、この位置づけに専門家から批判があれば甘んじて受ける)。

   著者の国学批判も、国学自体を分析せず一刀両断にするきらいはある。

   国学を「国粋主義」と規定する点は、執筆時の時代背景から筆が奔(はし)っただけと片づけることもできるが、本当に古代列島人は、著者が言うように「楽天的な生命肯定の思想に生きていた」のだろうか。その楽天的古代人に、仏教が地獄を教え、それが日本文化を規定したという著者の主張は、評者には現実離れして聞こえる。

   平均寿命が極めて短い古代人にとって、「死」は目の前に常にその暗い口をぽっかりと開いて人々を誘っていたはずだ。古事記にある黄泉の国の描写も凄まじい。仏教以前の古代列島人が、現生の苦しみを死後の世界と関連づけなかったとは思えず、そうした意味での「地獄」はその頃から認識されていたはずだ。仏教は、潜在的に存在したこの地獄を体系化したに過ぎないのではないか。評者はそう思ったが、この批評は浅学菲才の評者が本書を誤読した故に生じたものかも知れない。

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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