タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
実を言うと、最初にメジャー3枚目のシングル「君はロックを聴かない」を聞いた時には、「新しい」という印象はそんなになかった。むしろ「懐かしい」とか「聞きなれた」と言った方がいいかもしれない。僕らが70年代以降にずっと聞いてきたシンガーソングライターの音楽のようだったのだ。
でも、「ものすごい才能の女の子が出て来たんです」と教えてくれたレコード会社の宣伝マンは「今、これが新しいんです」と興奮気味だった。「新しさ」と「懐かしさ」。それがどういうことなのかを証明したのが、去年の8月に発売、2018年を代表する曲になった「マリーゴールド」だった。そして、2019年2月13日に発売になったメジャー二枚目のアルバム「瞬間的シックスセンス」は、彼女の成長とシンガーソングライターとしての確かな可能性を感じさせるアルバムだった。
「10代の時のことは書ききった」
あいみょんは、1995年3月6日生まれ。兵庫県出身。アルバム発売時は23歳。中学生の時から詞曲を書き始め、高校卒業後にYouTubeにアップした曲が口コミで話題になり2015年、20歳になる二日前にタワーレコード限定シングル「貴方解剖純愛歌~死ね~」でインディーズデビューした。その年にミニアルバム「tamago」「憎まれっ子世に憚る」を発売、2016年11月にアルバム「青春のエキサイトメント」でメジャーデビューした。
彼女のことは「マリーゴールド」でしか知らないという方は、インディーズ時代の曲と新作アルバムを聴き比べてみると良いと思う。インディーズとメジャー。それがどういうことなのかを如実に物語っているからだ。
彼女は、筆者が担当しているFM NACK5の「J-POP TALKIN'」(3月2日・9日放送)で「10代の時のことは書き切ったと思ってます。あの頃に書いたようなことはもう書けないでしょう。今は23歳にしか書けないものを書きたい」と言った。
インディーズ時代の彼女の代表曲に「おっぱい」がある。徐々に大きく膨らんでくる自分の胸、一緒にお風呂に入りたくなくなってきた父親への微妙な心理。女の子の誰もが思い当たるだろう複雑な心境は思春期ならではだ。「19歳になりたくない」という歌もあった。ジョン・レノンや太宰治、ゲルニカや太陽の塔など、自分に刺激を与えてくれた固有名詞が登場する「どうせ死ぬなら」という曲もある。東京に歌いに行く深夜バスの中での不安を母親に向けて歌った歌もある。どれもその年齢とその時の彼女の生活や大人になることへの戸惑いや強がりを型に捕らわれずに綴っていた。
彼女のインディーズでのデビュー曲「貴方解剖純愛歌~死ね~」は、「あなたの両腕を切り落として私の腰に巻き付ければあなたはもう他の女を抱けない」という始まりだった。メジャーデビュー曲「生きていたんだよな」は、「飛び降り自殺のニュースを見て泣いた」というものだ。インディーズとメジャー、それぞれのデビュー曲としてはかなり刺激的だ。「生きていたんだよな」は、やはり飛び降り自殺をした少女をモチーフにした荒井由実の「ひこうき雲」を思い出させた。自分の身の回りに起こる様々な出来事に対しての繊細で豊かな感受性。それがどういうものであれ、目に映ったもの、心を動かしたものを歌にする。彼女の作品の随所にそうした資質が溢れている。
「マリーゴールド」は、彼女自身、「コード進行とかメロディーが、ということではなく一人の聴き手として良い曲だと思った」と言った。
インディーズとメジャーとの違いは、聞き手の幅広さだろう。個人的になり過ぎず、どんな人が聴いても良いと思える曲かどうか。「マリーゴールド」は、その象徴のような曲だ。イントロのギターの空に突き抜けるような爽快な広がり、「麦わら帽子」と「マリーゴールド」という組み合わせと情景の絵画的なイメージ、そしてどこか懐かしい感傷、更に「絶望」と「希望」の対比。苦労して作り込んだという作為性の欠片もない自然な伸びやかさに好感を持たない人がいるだろうか。この人はこういう曲を聴いて育ったんだと思わせるのに十分な曲だった。
「聴かれる音楽でありたい」
アルバムは12曲入り。去年の4月に出た「満月の夜なら」以降の曲が収められている。東京の業界で目にした現実や今、音楽に対して思っていること。「去年書いた40曲以上の中から選んだ曲」にはシンガーソングライターとしてより自覚的になった23歳がいる。「インディーズ時代も含めれば15歳から書いた曲が200曲以上はある。曲がない、じゃなくて、良い曲が一杯ある幸せな悩み。自分の身の回りに起きること、目から入るものは歌に出来ると思ってますし。曲を作ることに今は悩みがない」と言った。
彼女の曲を聴いてからプロフィールやインタビューの中に出てくる「影響されたアーティスト」を見て素直に納得してしまった。
そこにはビートルズ、浜田省吾、吉田拓郎、尾崎豊、石崎ひゅーい、フリッパーズギター、スピッツ、HYなどの名前が並んでいた。父親が浜田省吾のファンで「家族全員浜省ファン。前回のツアーでもライブ前に浜省の『J.BOY』のライブ映像を流してました」と言った。彼女の曲や歌いっぷりの揺るぎない心地よさは、そうしたアーティストたちが土台になっているからと言えそうだ。とは言え「何々風」という次元にはない。
「真似したくなるような人たちばっかりで、ただただファンです。でも、同じことをやってもしょうがないし、負けたくないぞ、みたいなものはあります」
前作のアルバム「青春のエキサイトメント」の中の「風のささやき」に「僕の居場所はどこだい」という一節があった。メジャーデビュー3年。今は、そのことについてどう感じているのだろうと思った。「消費されている」と感じることはないのだろうか。
「あります。今とかも。とりあえず流行っているから、みたいな。消費される音楽ではなく聴かれる音楽でありたい。そのためにも自分をちゃんと伝えていきたい。居場所はどこにもないかもしれません。家でもないし。芸術という場所にいたい」
デジタル音楽やバンド全盛の中に登場した「懐かしくて新しい」生粋のシンガーソングライター。メジャーデビューシングル「生きていたんだよな」のカップリング「今日の芸術」にはこんな歌詞があった。
「見たもの全てに頷いて 見たもの全てを批判せよ」
新しさと懐かしさーー。
こうして音楽は受け継がれてゆく。
(タケ)