1899年に創業し、100年超の歴史を持つ岩下食品(栃木県栃木市)。「岩下の新生姜」を主軸とする老舗食品メーカーだ。
4代目社長の岩下和了氏は、「岩下の新生姜」にまつわるアトラクションやグッズを集めた「岩下の新生姜ミュージアム」を開館したのをはじめ、一風変わった取り組みで知られる「名物社長」だ。また、ツイッターのユーザーには、1日平均8時間もかけて「エゴサーチ(編注:検索エンジンで社名や商品名を検索し、ネット上における他者からの評価を確認する行為。以下:エゴサ)」をする社長として知られ、累計「いいね」数は85万を超える。そこまでエゴサに力を入れている理由を、岩下氏が熱く語った。
「botとは違う」と思ってもらえるように頑張りすぎた結果...
――まず、ツイッターを始めた経緯を教えてください。
岩下氏 最初は友人たちとの対話用に始めました。しかし2011年3月に東日本大震災が起きた後、検索による情報収集にツイッターが有用と気付いたんです。ふと「新生姜」や「岩下の新生姜」という言葉を検索したら、平均で毎日10~20人が「うまい」「好き」と呟いているのを見つけました。嬉しくてたまらず、感謝のリプライをするようになったのです。
――社長自らですか。
岩下氏 はい。いきなり社長が話しかけてきて驚いたり、不快に感じたりした人もいたでしょうが、ほぼ好意的な反応でした。エゴサーチ開始後、約2年間は、ほぼすべてのツイートにリプライしていました。ただ、当社に関するツイートが増えてくるにつれて対応しきれなくなり、その後は、自分からの情報発信以外は、原則として「いいね」やRT(リツイート)、「フォロー」、「リスト(編注:複数のツイッターアカウントをまとめて管理できる機能)イン」だけにしています。
――今も社長1人で、検索して、いいねやRTをしているのですか。
岩下氏 そうです。なかなか大変ですよ(笑)。エゴサしきれていないツイートはすぐに溜まっていくので、「やらなきゃ、でも時間がない」の繰り返しです。昨年1年間の単純平均で、エゴサで見つかる自社商品関連の発言が毎日600ツイートにも及ぶようになったからです。この生活に、時間的にもですが、精神的にもいよいよ追い詰められてしまい、18年12月26日に「ちゃんとしたエゴサは18年末で終了します」と宣言しました。
――「ちゃんとしたエゴサ」とは、どういう意味でしょう。
岩下氏 私は、自社に関するツイートに原則すべて「いいね」するつもりでエゴサしてきました。例えば誰かの対話の中に「岩下の新生姜」という言葉が見つかったら、その対話のツリー(編注:ツイートにリプライが寄せられ、連続した文章になっている状態)すべてに目を通します。「あれ、おいしいよね」と返している人がいたら、そこにも「いいね」し、その人も「大切なお客様リスト」に加え、フォローします。
――商品名をつぶやいていない人まで「お客様認定」ですか。
岩下氏 はい、そうです。他にもいくつか決めている手順がありますが、要するに、目に入る限りはすべてを網羅するのが「ちゃんとしたエゴサ」です(笑)。
――bot(機械による自動発言システム)には出来ない、微妙なさじ加減の作業ですね。
岩下氏 botのように、商品名が出てきたら機械的に「いいね」を返すような作業には意味を感じません。ツイッターで岩下食品や岩下の新生姜について呟く人たちは、ピュアな気持ちで自発的に、他の人に商品を勧めてくれている事実がありますので、せめて「いいね」やフォローで感謝を伝えています。もはや物理的にリプライできる数ではないけれど、それだけは「ちゃんとやろう」と思ってきました。でもエゴサを始めてから約8年が経過し、とりわけ岩下の新生姜に関するツイートは桁外れに多くなり、しかも年々増え続けています。そこで、もうラフにやるしかないと、「ちゃんとしたエゴサは終了」宣言をしたのです。ところが、私が「いいね」をつけたツイート数が12月は1万7317だったのに対し、19年1月は2万1861でした。終了宣言前より数が増えています(笑)。「エゴサ社長」を結局続けてしまっているんです。
「物理的にエゴサしきれなくなる」環境を目指す
――エゴサを終える日は来ないのでしょうか。
岩下氏 お客様の声は、本当に仕事をしていく上での励みです。その声を経営や商品に活かす意味でも、エゴサをできる限り続けていきたいです。でも、「物理的に、エゴサしきれなくなる環境」になったら、いよいよ「ちゃんとしたエゴサ」からの卒業になると思います。例えばもし、岩下の新生姜に関するツイートが今の3倍の数になったら、とても手が回らなくなるはずです。
――では、今後はどうしていきたいですか。
岩下氏 お客様の声には常に触れていきたいです。でも、それはツイッターがすべてではない。会社としてウェブサイトやプレスリリースで情報発信し、それがユーザーに共感され、歓迎され、拡散され、新たな要望が出てくる。そこに対応した商品や企画を作り、また情報発信する...という流れや盛り上がりが、私がツイッターで直接手を出さなくても非常に大きなものになるなら理想的ですね。
――最後に、もしエゴサを始めた当初の自分に一言掛けるとしたら?
岩下氏 「信じられないだろうけど、このエゴサを続けて8年後には、数十倍の数のツイートを毎日、目にすることになるよ。しかも、それはなんと会社業績にも好影響をもたらすようになった。エゴサはこれからもずっと大変だけど、お客様への感謝の気持ちを忘れず頑張ろう」でしょうか。当初から「大変な手間をかけている」と思っていましたが、途中から「どんなことでも、誰もやらないくらい『バカ』になってやり通せば、何か形になるだろう」とう気持ちが芽生えました。「素敵なお客様に恵まれている。恩返しをしたい。喜んでもらいたい」という強い思いが「バカ」の原動力ですね(笑)。