経済理論と現実経済を架橋する

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腑に落ちない実験も研究の一里塚である

   読者にとっては、本書の紹介する、すべての実験が腑に落ちるものとは限らないかもしれない。例えば、リカードの中立命題を検証した実験の説明に充てられた章がある。この命題によると、国債発行で得られた収入を用いて財政政策をおこなう場合、人々が将来の増税を予想し、それに備えるために、現在の消費を少なくし、貯蓄を増やそうとする。世代間でこれを敷衍すると、親世代が子世代の利害を考えて遺産を残すなら、公債の負担が子世代に影響することはないことになる。この命題を検証したCadsby&Frankの実験では、一定の効用関数を親役の被験者と子役の被験者に与えている。親役が(子役の所得から償還される)公債を発行するとして、その消費と貯蓄がどう変化するか検証している。彼らの検証結果は、リカードの中立命題が成立するというものであった。

   ただ、ここで親役に与えられた効用関数は、(1期の親の消費)×(2期の親の消費)×(2期の子の消費)×(3期の子の消費)というものであった。親にこの効用関数を与えてしまうと、親役は子役の効用を自分の効用と同等に扱うから、親役の振る舞いは、正しく計算できる限りにおいて、リカードの中立命題に沿ったものになるほかない。実際の経済というものを考えるなら、親の効用関数に「(2期の子の消費)×(3期の子の消費)」が入っているかどうかが疑わしく、このことこそがひとつの問題になるのである。Cadsby & Frankの研究をもって、リカードの中立命題の妥当性が確かめられたというには、飛躍が存在するようにみえる。実際、(時期的にはCadsby & Frankよりも古いものであるが)Kotlikoffほかによる特定の効用関数を与えない実験的研究では、リカードの中立命題は支持されていない

   もっとも、このような腑に落ちない事例の存在は、実験マクロ経済学の弱点というよりは強みとみることができる。前提となる設定がシンプルでかつ公開されているからこそ、その批判的検討が可能になるのである。腑に落ちない実験も研究の一里塚、一層優れた研究の導線にしていくことができる。『実験マクロ経済学』を通じ、様々な応用の可能性を持つこの分野の社会的認知が高まることを期待したい。

   注)リカードの中立命題に関するくだりに興味をそそられた読者は、Cadsby& Frank (1991). Experimental tests of Ricardian equivalence. Kotlikoff, Samuelson & Johnson (1988). Consumption, computation mistakes and fiscal policy.に直接当たってみてもよい。本評を機に、実験経済学をいちから学びたいと思い至った読者には、本評で紹介した『マクロ』と併せ、同著者たちによる『実験ミクロ経済学』が有益である。

経済官庁 Repugnant Conclusion

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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