■「無子高齢化(出生数ゼロの恐怖)」(前田正子著、岩波新書)
本年10月、消費税が10%に上がれば、すべての団塊世代が後期高齢者となる2025年を念頭に進められてきた「社会保障・税一体改革」が区切りを迎える。それを見越して霞ヶ関では、その次、すなわち団塊ジュニア世代が高齢者となる2040年を見据えての議論がスタートしている。
2040年時点の高齢化率は35%。3人に1人超が高齢者となる社会が到来する。しかし、もっと驚くことは生産年齢人口(15歳~64歳)が現在よりも1700万人も少ない6000万人程度にまで減ってしまうことだ。
このまま推移すると、なお需要が増える医療・福祉の担い手の確保が覚束なくなることが懸念されている。
こうした事態は、戦後一貫して進んできた「長寿化」とともに、長年にわたって続く「少子化」によってもたらされたものだ。
本書の著者は、少子化・子育てについて、長年にわたり研究を続け、一時期、横浜市副市長として子ども行政の第一線でも活躍してきた経歴を持つ。本書では、「少子化対策」に失敗してきた日本の歴史を振り返り、この状況を転換するために一刻も早く「若者への就労支援と貧困対策」を中心に抜本的な対策を講じるべきと説く。
まさに、長年、関わり続けてきた者だからこそ書ける、憂国の書である。
人口が減るとミカンが食べられなくなる!?
昨年12月に公表された2018年の人口動態統計では、出生数は92万人、これに対し死亡数は137万人、結果として45万人もの人口が減少していると推計されている。初めて人口が減少したのが2005年だが、その時の減少人口は2万人だった。それがわずか10数年で大都市一つが1年で無くなってしまうほどの減少幅となっている。この勢いは今後、加速する。特に団塊世代が亡くなり出す2030年以降は、毎年70万人~90万人の規模で減っていくと見込まれている。
本書によれば、ここ15年間で毎年500校ほどの小中高校が閉校しているという。子どもが減れば当然、働き手も減る。先般、人手不足の影響で、土曜日の郵便物の配達を廃止するとの報道があった。ファミリーレストランで24時間営業を取りやめるところも出てきている。
農家の減少と高齢化によって、手間のかかるミカン栽培が急減し、そのうち気軽にミカンを食べることもできなくなってしまうのではないかという。水道、橋、道路といった基礎的なインフラすら維持できず、集住を余儀なくされるかもしれない。
人口減少はまだ始まったばかり。特に評者が住む東京などは、未だ人口増が続いており、本格的な人口減は実感されていない。しかし、右肩上がりで人口が増えていた時代には想像もできなかったような事態が否応なく次々と起こってくるのだ。
なぜ、少子化は止まらないのか――特に「未婚化」が要因――
シンプルな結論だが、直接的な要因は次の3つだという。
(1)結婚しない人が増えている(未婚化)
(2)結婚年齢が上がるにつれて出産年齢も上がる(晩産化)
(3)結婚した夫婦でも平均して産む子どもの数が減っている(夫婦の平均出生児数の減少)
とりわけ、著者が重大な要因だとしているのは、未婚化である。生涯未婚率は、2015年時点で男性23.4%、女性で14.1%にも及んでいる。そして、この生涯未婚率はなお上昇していくと見込まれている。
未婚が増えているからといって、若い世代が結婚に興味がないわけではない。出生動向の把握を目的に実施されている調査によれば、以前に比べて「一生結婚するつもりはない」と答える者は少しずつ増えているが、未だに9割近い男女が「いずれ結婚するつもり」と回答しているからだ。
しかし、現実には異性の交際相手を持たない未婚者が増えている。
著者は、その理由を、不安定な雇用や収入といった将来の見通しを立てにくい非正規労働者が増えていることが大きな原因ではないかと考えている。先の見通しが立たないために結婚したくてもできない、あるいは結婚する意欲そのものが低くなっているというのだ。
小出しで予算も少ない少子化対策
少子化問題は、いわゆる1.57ショック(ちょうど平成がスタートした1989年の合計特殊出生率が、過去最低だった丙午(1966年)の1.58を下回った事態)以降、認識されるようになった。しかし、著者曰く、その後採られた対策は、保育整備をはじめ小出しで予算も少なく、高齢化対応として本格的な対策が採られた介護保険と比べて見劣りするものだったという。
我が身を振り返り、評者自身も30数年にわたり社会保障に携わってきたが、子ども関連の業務を担当していた期間は3年ほどに過ぎず、圧倒的に多くの時間とエネルギーを介護、医療、年金といった高齢化対応に費やしてきた。
実際、日本の社会保障給付費(118兆円、2016年度)のうち、年金は57兆円、医療は38兆円、介護は10兆円であるのに対し、子ども関係は6兆円である。
著者の言葉を借りれば、「1.57ショック以来30年近くにわたって、常に少子化対策や家族政策を強力に推し進める原動力、政治的リーダーシップに欠けていた」、「不都合な現実から目をそらし、長期的な戦略のないままに、短期的な人気取りのような政策が打ち出され、先の見えない霧の中を、日本は少子高齢化と人口減少への道をひたすら進んでいる」というのだ。
若者への就労支援と貧困対策を
遅まきながら、では、どうすべきか?
著者は、若者への就労支援と貧困対策を中心に、包括的な支援を徹底的に行うべきだと主張する。
未婚化への対応としては、しばしば行政による「婚活支援」が言われるが、著者によれば、正社員のような経済的基盤がある人の「出会いがない」問題には対応できるが、そもそも出会い以前に安定的な仕事に就けないことが結婚の障害になっている若者が多い現状では解決にならないという。
何はともあれ、「男女ともに安定した仕事を得ること、結婚して二人で働けば出産・子育てもできる経済力、それこそが少子化対策に必要」なのだ。
そのためには、一日も早く雇用や税・社会保障制度の改革と連動した、整合性のある包括的な児童・家族政策のパッケージを打ち出し、実行すべきとする。そして、その司令塔となる「少子化対策・若者支援庁」を作れという。
日本の家族・子ども関係予算(2013年)は、対GDP比で1.49%。フランスの3.65%、スウェーデンは3.64%、ドイツは3.03%の半分にも満たない。まだまだやるべきことがある。
来年、生まれた子どもが成人するのは2040年である。少子化対策は20年も先になってようやく実を結ぶ。しかし、子どもは社会の希望であり、子どものいない社会に未来はない。私達は今、1.57ショック以来、少子化を克服できずにきたこれまでの30年の歴史を踏まえ、異次元の対応を考えるべき時期にあるように思う。
JOJO(厚生労働省)