豪胆と繊細を立体的に
エッセイストの島地さんは、集英社の編集者(長)として「週刊プレイボーイ」などでひと時代を築いた名出版人だ。10歳上の開高とは、私も愛読した「酒場でジョーク十番勝負」なる共著があり、仕事を超えた、師弟のような間柄だった。
何度も書いているはずの友人を、作品として偲ぶのは骨の折れる仕事である。「とっておきの話」は出尽くし、秘話の類は残っていない。そこで島地さんは、夫人という「媒体」を置くことで、開高の豪胆と繊細を立体的に描き出す。バラバラに見える逸話や体験談が、読み進めるにつれて早世の作家にフォーカスしていく。
サントリー時代に仕事で知り合った夫人にすれば、売れてからの開高は7歳下の夫というより、「社会的存在」だったに違いない。「死んでわたしのモノになった」というむき出しの告白は、生前の因縁をも超えて鬼気迫るものがある。
島地さんは最後の一段落を、連載を終えるにあたっての「挨拶」に割いている。
「突然この世に呼び戻され、高貴なエピソードから下世話なジョークまで、ペンの走るままに書きたてられた怪物たち。身勝手なこのわたしを笑って許してくれた、すべての敬愛する怪物たちへ。合掌」。全100回をまとめて読みたいので、書籍化をお願いしたい。
ちなみに最終回のタイトルは〈縁に泣き縁に笑った開高健は、昇天して"皆のモノ"になった〉。「皆」とは、私たち一般読者のことであろう。夫人の言葉をひねったこのセンス、輝きを失わない作品群へのトリビュートも兼ねて、なかなかのものだ。
冨永 格