配信悪者論の時代は終わった
今回の提携が歴史的なのは、従来のように日本の会社が「進出」した、という形を取っていないことだ。
パートナーとなったTAIHE MUSIC GROUPは北京に拠点を置き世界の中国語圏にサービスを提供している大手グループ企業。中国最大級のミュージックライブラリーの利用者は中国のネットユーザーの73%にも上るという。それだけでなくライブハウスの運営やファンクラブのマーチャンダイジングなどのマネジメント機能も持っている。去年RADWIMPSが行ったアジアでのアリーナツアーにも名を連ねていた。
日本のレコード会社の「支社」や「現地法人」が存在しなくても受け皿が出来る。「進出」と「提携」の違いである。
なぜそこまでの関係が作れたのか。
「TAIHE MUSICのCEOにヘッドハンティングで就任したシュー・ティモシーは私がEMIの時のアジアの責任者だったんです。宇多田ヒカルや椎名林檎をアジアに紹介してくれた。宇多田ヒカルのアルバムをアジアで200万枚売りましたから。その成功体験が友情関係につながってますね。彼も新しい環境で新しい時代を創りたいということで半年間話し合った結果です。一方的な投資じゃないんでお互いに持ち出しがない。中国での違法ダウンロード対策も契約の条件に入ってます」
斉藤正明社長は1947年生まれ。49歳で東芝EMIの社長になり宇多田ヒカルや椎名林檎、鬼束ちひろなど新しいアーティストを送り出して黄金時代を築いた。2009年に社長に就任した老舗ビクターを立て直した手腕は広く知られている。日本レコード協会の前会長も務めている。
「2019年の春くらいからアーティストが行って向こうのアーティストとコラボレーション等をすることになると思います。出来ることから始めてほころびを直しながらやってゆく。理想的とは言えないかもしれませんが、我々に失うものは何もないですし。今回、彼らを縛ってはいません。我々は彼らとしかやらないけど、彼らは他のメーカーともやってゆくこともあると思ってます。日本の音楽業界全体の未来のためになれば。かってのレコード協会会長の顔が出ますね(笑)」
CDが売れないのは配信のせい、という配信悪者論の時代は終わった。デジタルだから出来る。パッケージを売るのではなく、どうやって音楽を広め、アーティストをどう伝えてゆくか。20年来、日本と中国の関係を取材している音楽評論家・反畑誠一はこう言った。
「今までも色んな試みがありましたけど、全て『点』だったんですね。継続する関係性が築けなかった。政治的なことや公安の検閲とか難しいことは現地に任せることで解決出来る。デジタルが国境だけでなくビジネスの壁も超えた、世界を変えたということでしょう」
今年の春に予定されているアーティストの筆頭として名前が出ているのが2月に3枚目のアルバム「Blank Envelope」を出すNulbarich(ナルバリッチ)だ。昨年末から現地での楽曲配信も開始している。アシッドジャズとソウルファンク、洗練されたクールなサウンドと英語詞という東京発ワールドスタンダード。デビュー3年。去年は武道館公演も成功させた。昨年末から現地での楽曲配信も開始している。メンバーを固定せずアーティスト写真も作らないという音楽重視の姿勢は新しい試みにうってつけだろう。
日本と中国がどんな関係を築けるか。
それが平成の次の時代のテーマであることは間違いなさそうだ。
(タケ)