おしゃべりな母 中嶋朋子さんは会話を手がかりに親子関係を修復した

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   クロワッサン(12月25日号)の「眠れる巨人」で、女優の中嶋朋子さんが、同居する母親との会話について書いている。若い頃からの親子関係や、母娘の置かれた状況を、日常的なやり取りから振り返る構成である。

   クロワッサンの巻末を飾る上記コラムも、本号で23回目となる。「北の国から」の蛍(田中邦衛さんが演じる黒板五郎の娘)役をはじめ、子役時代から40年も芸能界で活躍する中嶋さん、文才のほうも非凡のようだ。

   冒頭「我が母は、よく喋る」に始まって、高く通る声で、何でも元気いっぱい言葉にするお母様の様子が描かれる。いちいち返事をするのは面倒だからとスルーしても、楽し気に喋り続ける母親。しかし、昔はそうではなかったらしい。

「私が幼い頃に父とは離縁し、女手一つで私を育ててきた母。父がかなりヤンチャな人だったので、母に様々な負債が降りかかり、昼も夜も働かなければならなかった苦労人だ」

   その苦労時代、お母様の口癖は「旅行に行きたいけどムリ」「こんなの高くて買えない」など、「ムリ」か「ない」のオンパレード。生活が楽になっても、その習癖は残った。

   高校生で独り暮らしを始めた中嶋さんは、20代で実家に戻り、再び母との同居が始まる。相変わらず愚痴や心配事を口にする母。テレビや映画の仕事に追われる娘は「今話しかけないで」などと突き放し、険悪な雰囲気になることも多かったという。

   そして転機が訪れる。

「長きに渡り攻防戦を繰り広げたが、ある日、ふと気がついた。『否定に乗らないでみたらどうだ?』と。『旅行に行けない』と言う母に、『行けるならどこに行きたい?』と切り返してみる。『高くて買えない』と言えば、『良い物は長持ちする』など...」
  • 送られてきたリンゴにも、つい語りかける
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ちょっと素敵な部分

   この作戦で、意外なものが改善された。中嶋さん自身の精神状態である。

「不思議なことに、切り返してることで心持ちは俄然軽くなり、母の言動にもポジティヴなものがたくさんあることを発見しだした」

   母親を観察してみると、花に「キレイに咲いてくれてありがとねー」と話しかけ、洗濯物が気持ちよく乾けば「お日様ありがとう」と礼を言う。風に揺れる葉影を「ダンスみたい」と表現したこともあった。

「色々なものに心を寄せる、母自身の人間としての朗らかさが、実は私たちの生活の中に溢れていた。いやな言動にフォーカスするばかりで気づくことのできなかった、母のお喋りの、ちょっと素敵な部分」

   中嶋さんは、はなから母親にそんなものを期待しなかった自分の側にこそ、「ムリ」と「ない」はあったのかもしれない、と反省する。

   そんなこんなで母上のお喋りはますます好調となり、今に至るというわけだ。

   先日も、親戚から届いた立派な林檎に「あんたよく育ったねー」と語りかけながら、なでていたそうだ。めでたし、めでたし。

母娘の距離感

   母になったことも、娘だった過去もない私には、母親と娘の関係はほとんどミステリーの世界といっていい。たいていドライで、どこか他人行儀でさえある父親と息子の関係に比べ、母娘の距離感はずっと近そう、と想像するだけだ。一般に親子関係の濃淡は、濃いほうから母娘>母息子>父娘>父息子ではなかろうか。

   中嶋さんの場合、「女手一つで私を育ててきた母」との関係性は、世間なみ以上に濃いのかもしれない。濃密だから摩擦も多いけれど、離反しそうで離れない、互いに気になる、そして「長き攻防戦」の末に娘が仕掛けた策が奏功する、というストーリーである。

   娘は、習慣化した母親のネガティブ思考に付き合わず、それを「切り返す」ことで心の安定を得る。この大団円は当然ながら、すべての母娘に当てはまるわけではない。

   親子の関係は千差万別だ。それぞれオンリーワンの対処法を見つけるまで、われわれ世代の耳に刻まれたフレーズでいえば...♪なかよくケンカしな♪ である。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。
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