比較的「真面目な音楽」ととらえられがちなクラシックですが、今日はちょっとユーモラスな題名の曲を登場させましょう。原題は「O Dame Get Up and Bake Your Pies」、奥様、起きてあなたのパイを焼いて下さい!」といったところでしょうか。
イングランド北部のクリスマスキャロルが題材
この一風変わった題名の曲はピアノの独奏曲で、作曲したのは英国の作曲家、アーノルド・バックスです。バックスは1883年ロンドンの生まれ、両大戦の期間を生き抜き、1953年に亡くなっています。ピューリタン革命の影響でしょうか、バロック時代から近代になるまで英国は音楽家をあまり輩出しませんでしたが、エルガー、ヴォーン=ウィリアムズ、ホルストといった人たちが現れた19世紀後半から再び英国発の音楽が盛んに作られるようになりました。作曲家にとって代表作品、となるのはオーケストラのための「交響曲」ですが、バックスは、両大戦間も活発に作曲し、計7曲もの交響曲を完成させ、交響曲作曲家として認識されていました。
しかし彼は、ピアノ作品、中でも「性格小品」と呼ばれる小さな、特徴的なキャラクターをもったユニークな作品も多く残しています。
今日の曲も、そんなレパートリーの一つで、イングランド北部のクリスマスキャロルを題材にしています。この面白い題名は、クリスマスキャロルのオリジナルの題名なのです。クリスマスキャロルとは、教会での讃美歌などとは別に、人々の間で歌い継がれてきたクリスマス関連の素朴な歌で、クリスマスシーズンのパーティーの集まりなどで歌われるレパートリーです。中世から連綿と続く歴史を持つ曲も多く、19世紀に魅力が再発見され、記譜されるとともに、さらにそこから多くの作曲家がインスピレーションを得ました。
高齢で創作意欲が激しく衰えていたが...
バックスが、この「奥様、起きてパイを焼いて」を作曲したのは1945年のことです。第二次大戦で英国は疲弊していましたが、高齢のバックスも創作意欲が激しく衰えていました。この時期、ほとんど彼は作曲することが無かったのです。しかし、この年から始まったイギリスの超有名音楽祭「BBCプロムス」の発案者である、音楽学者・プロデューサーのジュリアン・ハーベッジと夫人のアンナ・インストーン夫妻に招かれ、素晴らしいパイをごちそうになり、彼の創作意欲は高まったのです。彼にとっての、小さな「クリスマスの奇跡」となったのかもしれません。3分に満たない小品ですが、躍動感のある素朴な旋律から始まるこの曲は、クリスマスのごちそうを待ちわびる子供たちのような・・・クリスマスキャロルは多くの場合、子供たちの澄んだ声によって歌われるのです・・・ウキウキした気分にさせてくれる、そんな雰囲気を持っています。
本田聖嗣