「正確な時計」の呪縛から一時逃れて...
時代は下って、ベートーヴェンの活躍した古典派後期の時代、19世紀初頭に、ついに音楽のテンポをはかる機械「メトロノーム」が発明されます。ベートーヴェンもいくつかの作品にメトロノーム指示を取り入れています。しかし、機械式時計の急速な発展に比べて、メトロノームの進化はごくゆっくりで・・あけすけに言うと、精度の向上がほとんどなされず、20世紀になって電子式のメトロノームが登場するまで、「振り子式」のメトロノームは、かなりいい加減なテンポを刻むことも多かったようです。そのため、クラシック音楽のレパートリーで、どう考えても、メトロノーム表示がおかしいと思われる作品が、ベートーヴェンのものも含めて、数多く見られます。
音楽は時間芸術ですから、それぞれの時代の「時の感じ方」が反映されています。機械式の正確な時計ができる以前にルーツを持つ音楽ですから、その「テンポ」は、「時をどう感じるか」によって決められていたわけですが、これは、機械が刻む「時間」、現代人が意識している「時間」とは異なっていたと思われます。クラシック音楽のレッスンの現場では、「テンポを正確に」という言葉が飛び交いますが、実は、「テンポとはある程度幅のあるもの」というのが真相といえましょう。
正確な時計が時を刻むようになって、音楽も徐々に影響を受けてきました。古い時代の曲は、ゆったりとしたテンポ、またあまり刻みの多くないものが多く、現代に近づくほど、速く、刻みの多い音楽になるからです。
「テンポ」は単純な「速度」ではなく、人間の内なる感覚に基づいた、「『時』をどうやって認識するかという意識」と言えるかもしれません。時間とともに流れてゆく、音楽そのものの重要な要素です。
師走の忙しい時期、「正確な時計」の呪縛から一時逃れて、「音楽的な時間」に身を任せるため、我々はコンサートに足を運ぶのかもしれません。
本田聖嗣