17世紀に登場「ほぼ正確な時計」が人々の生活に影響
しかし、クラシック音楽が形になり始めた頃の音楽家は、テンポをそのような、絶対的なものとしては考えておらず、「速度」ではなく「時」として文字通りとらえていたのです。
現代人が「時計」という機械に、時には1分単位で縛られているのと対照的に、江戸時代の人間が、日の位置や日時計をもとにしたお寺の鐘で「時」をゆるやかに知った、というたとえ話が近いかもしれません。
機械式時計は、欧州では、教会の鐘や祈祷の時間を知らせるために、11世紀ごろには普及していたと考えられますが、1580年代に天才ガリレオ・ガリレイが振り子の研究を行い、その研究に触発されたオランダのC.ホイヘンスが1656年に、世界初の振り子式時計を発明します。改良されて1日に10秒ぐらいの誤差で動くようになった時計は、漠然と時間を感じていた我々人間に、「正確な時間」というものを知らせるようになります。
ちょうどクラシック音楽の黎明期・・先週取り上げたJ.ダウランドや、史上初のオペラを作ったといってよいイタリアのC.モンテヴェルディが活躍した同時代に、正確な時計、というものが現れてきたのです。
現在でもつかわれているイタリア語のテンポ指示、プレスト=ものすごく速く、アレグロ=速く、モデラート=中庸な、歩くような速さで、レント=すごくゆったりと遅く、という言葉たちを最初に使った音楽家たちは、「人間がそうと感じるぐらいの速度」ということで、厳密な1分間に何回刻む、というようなことは想定していませんでした。正確な時計もなかったわけですから、当然です。しかし、17世紀にほぼ正確な時計が現れると、人間の生活に徐々に影響を及ぼしていくようになりました。人間が生活を正確な時計に合わせるようになってくると、例えば、規則的なリズムの刻みを持った音楽、同時に、たくさんの人間がその動きに合わせる音楽、すなわち踊りの音楽である「舞曲」が大流行するのです。