サマータイム殺人事件 鴻上尚史さんはロンドンでの受難をドラマに

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   SPA!(11月13日号~20・27日合併特大号)の「ドン・キホーテのピアス」で、鴻上尚史さんがロンドンで財布をすられた顛末を前後編で詳述している。海外でスリや置き引きに遭う日本人は多いが、被害者が劇作家だと、再現された一部始終はさすがにメリハリが効いてドラマチックである。もちろん、お気の毒と思ったうえでの私見だ。

   〈ぐるんぐるんのロンドンでスリにあって一文無し 地獄で仏事件〉という通しタイトルがついている。「いやあ、大変な目にあいました」で始まる前編は被害シーンから。

   東京で仕事を詰め込みすぎ、旅先で疲労のピークを迎えた筆者。ぼーっとしながらケンジントン駅の改札を通った後、肩にかけていたリュックのチャックが開いているのに気づく。現金とカード類をごっそり盗られていた。

   「そんなバカなとか、スリの腕前凄すぎるだろとか、いろんな思いがぐるんぐるんしました」。残ったのはポケットの小銭と、日本のスイカにあたる交通カードだけだ。

   連れはいないし、絶体絶命である。10月27日(土)の夕方だった。鴻上さんはこの災難を、無事だったらしいスマホから世界にツイートする挙に出る

「いやもう、どうしようと思ってね」

   すると親しい小説家、高殿円さんから「鴻上さん、私、すぐ近くにいるよ!」と返信が。たまたま旅行中だったのだ。お金を借りるべく、翌朝9時半に宿を訪ねる約束をする。

  • 季節を問わず大勢の観光客でにぎわうロンドン中心部=バッキンガム宮殿前で、冨永写す
    季節を問わず大勢の観光客でにぎわうロンドン中心部=バッキンガム宮殿前で、冨永写す
  • 季節を問わず大勢の観光客でにぎわうロンドン中心部=バッキンガム宮殿前で、冨永写す

1時間のミステリー

   高殿さんが短期滞在するマンションへ向かう鴻上さん。雨で気温は5度。残った小銭では雨具は買えない。濡れて目的地にたどりつくと、インターホンが6つ並んでいた。

「この部屋のどれかなんだなと思って、『今、着きました』とDM(ツイッターのダイレクトメール機能=冨永注)しました。けれど、反応はありません」

   足踏みしながら待つこと30分。鴻上さんは、インターホンを片端から押す覚悟を固めた。待つ間に偶然やりとりを聞けた2号室は英国人と分かっている。残る5部屋のうち「違います」が3部屋、残る2部屋は応答もない。

「夜中、高殿さんは襲われて、マンションの中で死んでいるんじゃないか」

   高殿さんにいたずらされる理由はなく、どうしても不吉な想像に至る。やまれず「高殿さんの友達の方へ。鴻上がマンションの前にいると伝えてください」とツイート。数分後、どかどかと高殿さんが現れた。そして、この「短編」を決定づける一言が発せられる。

「今日、サマータイムが終わった日だってご存知ですよね?」

   つまり、約束を45分も過ぎていると鴻上さんが思ったその時刻は、冬時間に変わった日曜朝においては「約束の15分前」だった、というオチである。

   実は高殿さんの部屋は、一つだけ呼び鈴を押さなかった2号室。現地の人だと思い込むほどの英語だったらしい。その部屋で、朝食まで用意してくれていた。鴻上さんは最後に、ツイッターと高殿さんの存在に感謝する。地獄で仏、どちらが欠けてもピンチだったと。

「日本からの緊急送金とか大使館に頼るとか、その間は水で過ごすとか、まだ見ぬドラマが待ち受けていたのでしょう。それは誰かのレポートで読みたいのでぜひお任せして、僕からの報告は以上です」

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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