食卓から消えたもの
小津はグルメというより食いしん坊で、戦前戦後とも毎日のように外食三昧だったという。独り身の人気監督だから自然なことではあろう。こうして場数を踏み、舌が肥えた分、飲食シーンへのこだわりもまた強かったと思われる。
とりわけ鰻が大好物で、南千住の老舗「尾花」などに業界関係者を連れて通ったらしい。朝日文庫の「小津安二郎 美食三昧・関東編」(貴田庄著)にこうある。
〈監督は映画の中でなんどか鰻屋のシーンを描いている。小津映画の中の鰻屋は、「う」という看板とともにあらわれる〉
同著によると、「秋日和」のみならず「東京暮色」でも、杉村春子と笠智衆が鰻屋で食事をする場面が出てくる。数ある人の営みの中でも、食は大きな比重を占める。人間を描く映画で飲食シーンが重要なのは当然で、メガホンを握るのが小津ならなおさらだろう。そこにこだわった深町さんのコラムは、映画雑誌にあっても違和感はない。
本稿の正確を期するため、2時間を超す「秋日和」本編をおさらいした。ベテランから若手まで、箸の持ち方をはじめ、食べる所作の美しさが印象に残った。思えば、日本の料理や食生活はずいぶん多様になったが、食卓から失われたものも少なくない。
冨永 格