映らないのに旨そう 深町泰司さんが味わう小津映画「食の楽しみ」とは

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食卓から消えたもの

   小津はグルメというより食いしん坊で、戦前戦後とも毎日のように外食三昧だったという。独り身の人気監督だから自然なことではあろう。こうして場数を踏み、舌が肥えた分、飲食シーンへのこだわりもまた強かったと思われる。

   とりわけ鰻が大好物で、南千住の老舗「尾花」などに業界関係者を連れて通ったらしい。朝日文庫の「小津安二郎 美食三昧・関東編」(貴田庄著)にこうある。

〈監督は映画の中でなんどか鰻屋のシーンを描いている。小津映画の中の鰻屋は、「う」という看板とともにあらわれる〉

   同著によると、「秋日和」のみならず「東京暮色」でも、杉村春子と笠智衆が鰻屋で食事をする場面が出てくる。数ある人の営みの中でも、食は大きな比重を占める。人間を描く映画で飲食シーンが重要なのは当然で、メガホンを握るのが小津ならなおさらだろう。そこにこだわった深町さんのコラムは、映画雑誌にあっても違和感はない。

   本稿の正確を期するため、2時間を超す「秋日和」本編をおさらいした。ベテランから若手まで、箸の持ち方をはじめ、食べる所作の美しさが印象に残った。思えば、日本の料理や食生活はずいぶん多様になったが、食卓から失われたものも少なくない。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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