映らないのに旨そう 深町泰司さんが味わう小津映画「食の楽しみ」とは

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   danchu 12月号の「注文の多い映画館」で、ライターの深町泰司さんが小津安二郎(1903~63)の「秋日和」をとり上げている。食道楽が愛読するプレジデント社の月刊誌。創刊から28年、定期刊行物としては日本における「美食バイブル」の地位にある。

   「注文の多い...」コラムは、深町さんと、汲田亜紀子さんが交代で執筆している。映画に出てくる「食」のシーンにフォーカスする読み物で、タイトルは宮沢賢治の「注文の多い料理店」から拝借したようだ。深町さんは、邦画の名作から書き起こすことが多い。

「1960年の11月に公開された『秋日和』は、小津安二郎監督のカラー作品である...小津映画で繰り返し描かれてきた、家族関係をテーマにした物語だ」

   なにぶん60年近く前の作なので、内容を簡単に紹介しておこう。主人公は夫を亡くした秋子(原節子)と娘のアヤ子(司葉子)。この親子に、亡夫の同級生3人組(佐分利信ら)が絡み、アヤ子の縁談や秋子の再婚話がユーモアを交えて展開していく。端役の受付嬢で出演した、当時19歳の岩下志麻が小津に見いだされた作品としても知られる。

「小津映画には飲んだり食べたりする場面がよくあるが、この映画ほど飲食シーンが数多く登場する作品はないであろう。鰻、トンカツ、鮨、ラーメンに、ゆで小豆やピーナッツまで盛り沢山だ」

   確かに、亡夫の七回忌で始まる冒頭シーンでも、同級生たちが交わす会話はビフテキ、トンカツ、ワラビの塩漬と、食べ物のことばかりである。

  • 小津安二郎は鰻が大好物だった
    小津安二郎は鰻が大好物だった
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なじみの店から「本物」を

「ストーリーは、飲食の場面で交わされる会話によって進行していく。三人組が秋子の再婚を企むのは、ゴルフ場のクラブハウスでビールを飲みながら。アヤ子が母親の再婚話を知って動揺するのは、『う』の看板が印象的な鰻屋。アヤ子の母親へのわだかまりは、ラーメン屋での後藤(佐田啓二演じるアヤ子の交際相手=冨永注)との会話から解けていく」

   飲食シーンの撮影時、小津はなじみの店から「本物」を取り寄せたそうだ。ところがこの作品には、たとえば鰻の蒲焼そのものは映らない。座卓すれすれの低い位置にカメラを固定し、ほぼ水平のアングルで回し続ける撮影スタイルによるものだ。

「中身が映らない分、器の模様や色、造形は見事に捉えられている。ありきたりの小道具ではなく、選び抜かれた器を使い、人物との位置関係までが緻密に定められた構図には、まるで絵画を観るような美しさがある」

   だから、はっきり見えなくても旨そうだし、役者たちの食べて飲む姿が魅力的になる。深町さんは「映画評」に戻り、コラムをこう結んだ。

「小津が好んで飲食の場面を描いたのは、『観ていて楽しそうだから』だと聞く。『食べる』を『観る』楽しみ。それが艶やかに詰まった贅沢な映画である」

冨永格(とみなが・ただし)

コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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