「振り返ること」と「振り返らないこと」
「振り返ること」と「振り返らないこと」--。
小田和正のキャリアはその二つの要素で成り立っているようだ。
たとえば、オフコース時代の曲をセルフカバーしたアルバム「LOOKING BACK」を発売したのは96年、40代最後の年だ。
対照的なのが、50代最初のアルバムだった2001年に発売された「個人主義」の中の「the flag」である。
当時のインタビューでは「バブルの崩壊で苦い思いをしている同世代に聞いてほしかった」という話をしていた。東北大から早大の大学院建築科で学んだ友人たちの多くが建築業界に就職、50代になって「肩たたき」に会うなど、様々な転機に差し掛かっていた。
若かったころの僕ら。「汚れなき想い」と「譲れない誇り」を胸に「この国を変えよう」と語り合っていた日々と「変わってしまった」僕ら。歌の中で彼は「僕はまだ諦めない」「戦える武器を見つけてここに並ばないか」と歌っていた。タイトルの「the flag」は、「時の風の中」で揺れている「あの時掲げた僕らの旗」だった。
「振り返りつつ」も「戻らない」。
彼は50代以降もずっとそうやって生きてきたように思う。
小田和正のコンサートには合唱がつきものだった。それは彼の方から求めることもあれば、客席から自然発生的にそうなることもあった。
そんな例でファンの誰もが思い浮かべるのが1982年6月30日のオフコースの日本武道館だろう。当時、日本の音楽史上最多となった10日間公演の最終日。アンコール最後の曲「愛を止めないで」が終わった後のBGMの「YES-YES-YES」が客席の大合唱となった。誰が指示したわけでもない一万人近い大合唱は今も語り草になっている。その歌詞も「振り返らないで」だった。
その一方、60代最後のツアーとなった2016年のツアー「君住む街へ」は前半がほぼオフコース時代の曲。自分の音楽人生を真正面から振り返ったようだった。