今週は、20世紀の米国の作曲家、スティーブ・ライヒの「ニューヨーク・カウンターポイント」という作品をご紹介しましょう。ライヒは、20世紀の米国を代表する作曲家で、クラシック現代音楽における、ミニマルミュージックという分野の先駆者にして第一人者と言われています。
作曲家ライヒがアフリカ音楽にインスパイアされ制作?
ミニマルミュージックとは、比較的シンプルなメロディーやリズムのパターンを、これでもか、というほど繰り返してパターン化し、それを複数重ねたり、それらを少しずつずらしたりして、同じパターンを繰り返し聴いている中にも少しずつ変化が現れ、ずっと聞いていると、それらが大きな音楽のうねりのようなものになって聴こえてくる・・・というようなスタイルを持った音楽を指します。
古くは20世紀初頭の有名曲、フランスのラヴェルの「ボレロ」や、同じフランスのサティなどが「一定のリズムをひたすら繰り返す」というスタイルの曲を書いていますが、その「繰り返し」を特徴として前面に押し出した曲が、1960年代に米国の作曲家たちによって盛んに作られ、1970年代になって、美術の「ミニマルアート」にならって、それらの音楽が「ミニマルミュージック」と名付けられたものです。
実は、欧州以外の土地では、比較的この「繰り返しが長く続く音楽」はメジャーです。インドの音楽や、インドネシアのガムラン、アフリカの音楽にも見られますし、「一定のリズムやメロディーパターンのしつこい繰り返し」は人間に高揚感をもたらすので、宗教祭祀に使われる音楽などには、古くからこのミニマルミュージック的な要素が見られます。日本の仏教の読経なども、一定のリズムで繰り返される木魚の音など、ミニマルミュージック的要素と言えるかもしれません。
ライヒも、アフリカの音楽などにインスパイアされてミニマルミュージックを作るようになったと言われていますが、彼や、フィリップ・グラスなどが作品を発表していくと、伝統的なクラシック音楽をさらに構造的に複雑な規則によって分類・発展させてきた欧州の現代音楽家たちは、そのシンプルさに驚いて、次第に旧大陸でもミニマル的な発想の音楽が作られるようになっていきます。同時に、クラシック以外の分野の音楽にも多大な影響を与え、例えば同じリズムやパターンを繰り返すことが多いテクノなどは、完全にミニマルミュージックの影響を受けているといえます。
クラリネットなのに電子音を聴いている錯覚
「ニューヨーク・カウンターポイント」は、ライヒが作った「カウンターポイント」シリーズの3作目にあたります。このシリーズは、ある一つの楽器のみで演奏されますが、奏者と、録音を組み合わせる曲で、1作目はフルートのためにかかれた「ヴァーモント・カウンターポイント」、2作目はエレキギターのためにかかれた「エレクトリック・カウンターポイント」という作品でした。
「ニューヨーク・カウンターポイント」は、全員ライブで演奏しようと思えば、11人のクラリネット奏者で演奏することもできますが、通常は、あらかじめ録音したクラリネットの音に合わせて、その上に、クラリネット奏者が音を重ねてゆく・・・という方法で演奏されます。
全体は3楽章になっていますが、切れ目なく演奏され、一見、同じことの繰り返しのように聞こえますが、続けて聴いていると、だんだんと変化していく要素が聴こえてきます。また、クラリネットという、紛れもないクラシック音楽のアコースティック楽器を使っているのに、ずっと聞いていると、あたかもそれが電子楽器の電子音を聴いているような、不思議な錯覚にも襲われます。
実際に、私はフランスで、録音を使用したオペラ座のクラリネット奏者による演奏を聴いたのですが、目の前で演奏されているとはにわかに信じがたい不思議な感覚に襲われました。それこそが「ミニマルミュージック」の魅力なのです。
摩天楼がひしめく、大都会ニューヨークにあふれる様々な街の音、それを拾っていくと、あたかも都市が持っている音楽が聞こえてきた・・というような体験をすることができる曲です。1984年にクラリネット奏者の委嘱により作曲されたこの曲は、2000年代の今日においては、もう十分「古典」の分野に入る現代音楽ですが、ミニマルミュージックの一つの代表作であり、同時に、難解とされる現代音楽の中でもそのシンプルさと不思議さにより比較的聴きやすい音楽として、大変おすすめの1曲です。
本田聖嗣