タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
この10年ほどだろうか、若い音楽ファンの間でしきりと使われている言葉がある。
対象になるのは歌詞だ。
世の中や社会の捉え方、人生観や恋愛観、テーマが何であれ、一味違う個性的な表現をスタイルにしているバンドやアーティストをこう評する。
「世界観がいいよ」
当初は誉め言葉として使われ始めたものの、その一言で終わってしまうという傾向も生まれてくる。みんなからそう言われることへの皮肉も込めてそれを自分の名前にしてしまったのが2018年9月26日に5枚目のアルバム「泣きたくなるほど嬉しい日々に」を発売したクリープハイプのヴォーカル・ギター、尾崎世界観である。バンドのほぼ全曲の詞と曲を書いて歌う。
2016年には本名の「祐介」をタイトルにした初めての小説を文芸春秋から発刊。音楽以外の分野からも注目されている存在である。
弱々しい男性ロックバンドのフロントマン
クリープハイプは尾崎世界観(V・G)、小川幸慈(G)、長谷川カオナシ(B)、小泉拓(D)という4人組。2001年に結成されたもののメンバーが一定せず、尾崎世界観の一人ユニットとして活動していたこともある。
今のメンバーになったのは2009年。2016年に出た前作のアルバム「世界観」の最後は、バンドとして光明を見たという2009年11月の下北沢のライブハウスのことが歌われていた。インディーズでのアルバム発売を経て2012年、アルバム「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」でメジャーデビューした。
彼らに惹かれたのは2012年に出たメジャー最初のシングル「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」だ。"泣き声"に対しての優しさと"歌姫"に対しての突き放し方の対比。そのタイトルだけで彼らの音楽観が見える気がした。
更に、尾崎世界観の悲鳴のようなハイトーンボーカルは、こんなに弱々しい男性ロックバンドのフロントマンがいただろうか、と思った。
もっと言えば、10代の女子がほとんどというライブでは客席が彼に向けて「セックスしよう」と声を上げたりもする。歌詞の中にはラブホテルの一室でのやりとりやピンサロ嬢の告白の歌、女子目線のその場限りの恋の歌もある。
何が彼女たちの共感を呼んでいるのだろうという好奇心が入口だった。
尾崎世界観の初の小説「祐介」には、彼が思うようなバンド活動が出来なかったその頃のことが綴られている。メンバーとは分かり合えずライブも出来ない、不本意なバイト生活とピンサロ嬢との肉体関係。明け方の盛り場の吹き溜まりのような場末感。自虐的バンド貧乏小説と言えそうな描写は歌の言葉とは違う質感や切なさを持っていた。
前作のアルバム「世界観」は、小説「祐介」と対になったような作品だった。出口のない日々を綴った「祐介」と対照的に新しい様々な音楽に挑戦したようなアルバム「世界観」。文字に特化した「祐介」と音楽が引きだした自在な言葉が躍っている「世界観」。音楽と文学、それぞれの使い分けの可能性が形になっているように思った。