シュタドラーの奏でる低音域の音に魅せられて
モーツァルトは、1770年代からクラリネットを自作の中に取り入れていますが、ウィーンには、シュタドラー兄弟というクラリネットの名人がいました。2人とも宮廷の音楽家で、特に兄のアントンは年齢が近いこともあってモーツァルトと大の親友となりました。
モーツァルトはアントン・シュタドラーの奏でるクラリネット、特にその低音域の音に魅せられていたので、クラリネットが活躍する室内楽を構想します。ヴァイオリン2台、ヴィオラ、チェロの4人を加えて「クラリネット五重奏 イ長調 K.581」となったこの曲は、当初はバセット・クラリネット用、つまり現代のクラリネットでは低すぎて音が出ない音域を使って書かれましたが、当時のウィーンでも、アントン・シュタドラーを除いてはこの楽器を上手に使いこなすことのできる奏者がいなかったらしく、1800年代になって、通常のソプラノ・クラリネットA管で演奏できるようにした楽譜が出版され、広く普及することになります。
クラリネットという新しい楽器をも盛んに自作に取り入れていったモーツァルトと、音楽の都だからこそ存在したクラリネットの名手シュタドラー、そして、二人の友情が重なって生み出された「クラリネット五重奏 K.581」は、シンプルな中にもクラリネットの温かい音色を生かした傑作となり、以後クラリネットを使った室内楽を書くすべての作曲家に影響した、といっても過言ではないほどの存在となります。
この曲が完成されたのは、1789年9月29日の秋、初演は同じ年の12月22日、ウィーンの宮廷劇場においてでした。秋の少し寂しくなるシーズンに、やさしく語りかけてくれる、そんなモーツァルトの名曲です。
本田聖嗣