AI、どこまで期待し、どれほど恐れるか

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■「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著、東洋経済新報社)

   人口減少が本格化しつつある中、今、どこでも、どの業界でも、人手不足が深刻である。とりわけ医療福祉分野の悩みは深い。施設は空いているのにスタッフが確保できずに、利用者の受け入れができない事業所も増えている。将来の見通しはさらに厳しく、現在でも、全就業者8人に1人が医療福祉サービスに従事しているのに対し、2040年には、5人に1人にまで増えると見込まれている。評者が入省した30年以上前には20人に1人も満たなかったことを考えると隔世の感がある。

   さすがに社会の担い手のうち、5人に1人を医療福祉分野で独占してしまうような事態は非現実的だとして、ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)、ロボットなどの技術をフル活用するなどして、人手のかからない現場を実現するべく、本格的な取組みが進められている。

   既に、センサー技術などは実用化され、介護施設などの夜勤の負担軽減に役立っているほか、画像診断の領域などでは、AIの実用化も視野に入ってきている。人手確保が深刻な状況だからこそ、「テクノロジー頼み」という感がなきにしもあらずだが、業界では半信半疑ながらも期待する声が強い。

   果たして、AIやロボットといった技術は、どこまで実用化が期待できるのかといった関心から、本書を手に取った。

「意味」を理解できないAIの限界―ケアの領域では、まだ使えない―

   著者が率いてきた、人工知能が東大合格を目指すプロジェクト、「東ロボくん」は、2011年以来、改良を重ね、直近では、偏差値57.1、全国756大学中、7割の535大学で合格可能性80%以上のレベルにまで到達したそうだ。

   AIが得意とする検索機能を生かせる世界史では、偏差値66を超えるなど素晴らしい結果を出した一方で、国語や英語では、偏差値50前後にとどまり、これ以上大きな改善は期待できないとする。

   著者によれば、当面、東大合格はできないだろうという。現在のAIには、人間に備わっている「読解力」や「常識」がないという根本的な限界があるからだ。AIに「情報=データ」、すなわち「知識」はあっても、その「意味」がわかっていないというのだ。

   どんなに賢そうに見えても、AIは「計算機」でしかなく、入力された大量のデータを基に、統計と確率を駆使して、検索などの作業を行うに過ぎない。確かに世界史のように、こうしたアプローチが有効な分野もある。しかし、国語や英語の試験に出る文章題を解くには、前後の文脈から「意味」を理解し、判断することが必要だ。現在のAIでは、こうした人間の複雑な認識を一つひとつ数式化することはできないため、当面、これ以上の進展は難しいという。

   現在のロボットは、「将棋の名人には勝てても、近所のお使いにすら行けない」のだ。

   前述のように、人手不足が深刻化するケアの領域においては、介護ロボットの活躍が期待されている。しかし、著者が指摘するAIの限界は、ロボットを人間が補助的に利用することは可能だとしても、人間に代わってロボットが介護する時代がやってくるには、まだ時間がかかることを示唆している。

   2013年に、英オックスフォード大学の研究チームが予測した、AIの普及に伴って10年~20年後にも残る仕事、トップ10を見ると、何と医療福祉職種が7つも入っている(レクリエーション療法士、メンタルヘルス・薬物関連ソーシャルワーカー、聴覚訓練士、作業療法士、歯科衛生士・歯科技工士、医療ソーシャルワーカー、口腔外科医)。いずれも、コミュニケーション能力や理解力、そして、柔軟な判断力が必要な仕事だ。

   ケアの領域では、まだまだ人間が必要とされており、AIやロボットが代替してくれると考えるのは尚早のようだ。

【霞ヶ関官僚が読む本】 現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で、「本や資料をどう読むか」、「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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