森山直太朗、新作「822」
何があったのだろう?

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   タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」

   キャリアの長いアーティストには途中にいくつかの転機と思われるアルバムがある。

   それまでには書けなかっただろう曲や歌えなかったこと、そして、新しい試み。そのアルバム以前以後に分けられる分水嶺のような作品である。2018年8月に発売になった森山直太朗の新作「822」はそういうアルバムだと思う。

   それまでと違う歌と演奏。そして、アルバム全体を流れる空気。それに付け加えて思いがけない顔ぶれ。聞き終えた第一印象は「何があったのだろう」だった。

「822」(ユニバーサルミュージック、アマゾンHPより)
「822」(ユニバーサルミュージック、アマゾンHPより)

「デビュー前はサウンドにも興味がなくて」

   森山直太朗は2002年、アルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。2017年にデビュー15周年を迎えた。その直前には半年間活動休止するという決断もしている。彼は、筆者が担当しているラジオ番組、FM NACK5「J-POP TALKIN'」のインタビューでその時のことをこう言った。

   「歩みを止めてみて初めて気づく自分がいました。それまでの環境を離れてみて、こういう感じだったのかと。そもそも何で始めたんだっけというところに立ち返りました」

   何が変わったのか。何よりも歌が違う気がした。特に歌い方が変わったというより、これまでにはなかったような落ち着きや広がり、懐の深さ。演奏も含めて自然な空気が流れていた。

   何が変えたのだろうか。そんな疑問の答えに思えたのが、2017年に行った全会場ソールドアウトという彼にとって最大規模の全国ホールツアーのDVD「絶対、大丈夫~15thアニバーサリーツアーとドラマ」だった。

   アルバム「822」は、アレンジを宇多田ヒカルの初期のアレンジャーとしても知られているキーボーディストの河野圭が務めている。本人との共同プロデュースでもある。

   彼がバンドリーダーとなったツアーバンドがアルバムの中核となっていた。一人のミュージシャンが自分の担当楽器を演奏するだけでなく曲によって様々な楽器を手にするという自由なバンドスタイル。ライブDVD「絶体、大丈夫」には、和気あいあいとしたほのぼのとするようなライブでの様子が記録されていた。それがアルバムにも反映されていた。

   バンドメンバーが直太朗のプライベートスタジオに集まって談笑しながらレコ―ディングする。彼は、「さあ、歌うぞ、じゃなくてみんな会話している延長で、そろそろ歌っていいですか、という感じだったんです」と言った。

   一人のアレンジャーとの出会いが、こんな風に影響を与えるのか、という意味でも特筆されるアルバムではないだろうか。

   「自分は部屋の隅でギターを弾きながら歌うところから始まって駅前の路上に出るようになった。デビュー前はサウンドにも興味がなくてアルバムも見様見真似で作っていたんですが、アレンジャーの存在が改めて大事だと思うようになって。活動を休んでアルバムを作ろうと思った時に彼を紹介して貰いました。最初はかなり探り合いでしたけど(笑)」

「歌うから幸せになるのよ」

   DVD「絶体、大丈夫~15thアニバーサリーツアーとドラマ」には、約60分のドラマ映像がついていた。

   40代最初のツアーでもあり全47本に及ぶロングツアーのプレッシャーに耐えられなくなった直太朗がライブ会場から失踪してしまうという設定。彼が向かったのがすでに他界している母・森山良子の墓。憔悴した直太朗の前に姿を現した彼女はこう言って彼を励ます。本人出演である。

   「人は幸せだから歌うんじゃなくて歌うから幸せになるのよ。歌って直太朗、絶対、大丈夫」。

   脚本はもちろん、高校時代からの友人であり彼の曲の言葉を書いている詩人、劇作家の御徒町凧。直太朗が音楽よりもサッカーを志していて、母親のような音楽の道を拒否していた時代があったことを知っている彼だからこそかけた台詞だろう。

   そして、何とアルバム「822」では初めて森山良子がコーラスに参加していた。曲も「時代は変わる」。言うまでもなくディランの名曲のタイトルと重なり合う。

   「曲は前からあったんですけど、なぜかスルーされてきて(笑)。今なら歌えるという判断がスタッフにもあったんでしょう。母に関しては、最後まで他の人を探しましたけど、見つからなくって。こういうカントリー&ウエスタン調の曲をずっと歌ってきた人が一番身近にいた(笑)。二つ返事でした。あの台詞は死に際に言うような言葉ですよね(笑)」

   森山良子がコーラスで加わった「時代は変わる」には高田渡の息子、高田漣も参加。森山直太朗は高田渡のゆかりの地、吉祥寺の路上で歌っていたこともある。アルバムの中の「出世しちゃったみたいだね」には高田渡と同時代のフォークシンガー、友部正人も参加している。

   一枚のアルバムが伝えてゆく時代性。世代を超えたミュージシャンの顔ぶれにもそんな意図が見えるのではないだろうか。

「さくら(独唱)」後、「桜ソング」が定番テーマに

   彼が「さくら(独唱)」を発売したのは2003年。平成15年だった。その後に訪れる「桜ソング」の先駆けとなったことは記憶に新しい。

   「桜ソング」がJ-POPシーンの定番テーマになったのは、彼の「さくら(独唱)」以降だったことに気づいている人がどのくらいいるだろうか。特に70年代から80年代にかけてはまず思い浮かばないだろう。

   なぜなら、その頃まではまだ戦争の記憶があったからだ。「桜」という言葉で連想されるのは「同期の桜」に代表される「軍歌」であり「桜」は二の足を踏んでしまうテーマだった。「さくら(独唱)」は、「桜」を日本の四季を象徴するテーマとして戦争から解放した。

   「さくら(独唱)」だけでなく、森山直太朗の歌の言葉は御徒町凧が手掛けている。歌の言葉として書かれた「歌詞」ではない純粋詩にメロディーをつけて歌うということが森山直太朗の他のシンガーソングライターと違う点だろう。アルバムにも「人間の森」「糧」「罪の味」など、一般的なポップスとは違うテイストのタイトルが並んでいる「822」は、そんな作風の中で傑出したアルバムとなった。タイトルは発売日が8月22日と言うのがヒントだったという。読み方は「パニーニ」である。

   「あまりに色んなエネルギーがあって言葉ひとつには集約できないんで、最も意味のなさそうなものがいいんじゃないか。御徒町が提案した時にはみんな失笑だったんですけど。いい記号として立ち上がった感じでした」

   デビュー15周年は単に年月の区切りではなくなった。「822」は、大きな転機となるアルバムになったと思う。

   10月から来年の6月まで50本以上が組まれている全国ツアー「人間の森」が、その仕上げとなるに違いない。

(タケ)

タケ×モリ プロフィール

タケは田家秀樹(たけ・ひでき)。音楽評論家、ノンフィクション作家。「ステージを観てないアーティストの評論はしない」を原則とし、40年以上、J-POPシーンを取材し続けている。69年、タウン誌のはしり「新宿プレイマップ」(新都心新宿PR委員会)創刊に参画。「セイ!ヤング」(文化放送)などの音楽番組、若者番組の放送作家、若者雑誌編集長を経て現職。著書に「読むJ-POP・1945~2004」(朝日文庫)などアーテイスト関連、音楽史など多数。「FM NACK5」「FM COCOLO」「TOKYO FM」などで音楽番組パーソナリテイ。放送作家としては「イムジン河2001」(NACK5)で民間放送連盟賞最優秀賞受賞、受賞作多数。ホームページは、http://takehideki.jimdo.com
モリは友人で同じくJ-POPに詳しい。

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