サンタクロースやムーミンの祖国、そして携帯のノキアなどで有名な北欧の国、フィンランドは、古代ローマ帝国の歴史書にも登場するぐらい古い民族の居住する地域でしたが、国としては苦難の連続でした。良質な鉄鋼を産する北欧の強国スウェーデンと、その大きさこそが武器、という大国ロシアに挟まれているという地理的条件にあったからです。
フィンランドの人々を奮い立たせた
中世は、ずっとスウェーデンの属国としての地位に甘んじ、ロシアにピョートル大帝が現れスウェーデンを負かすと、こんどはロシアの強い圧力にさらされ、たびたび不本意ながら領土を割譲せざるを得ない事態に追い込まれます。ロシアの反対側の隣国である日本の我々にとっても領土を奪われるということは、他人事ではない・・わけですが、フィンランドとロシアの間には根強い対立感情があります。ロシアの帝政が崩壊した第1次世界大戦終了間際にやっと独立を勝ち取り、今年で独立101年目を迎えたフィンランドですが、独立後も、ロシア(ソビエト連邦)との紛争が度々起こり、第2次大戦中も、隣国スウェーデンの援助が見込めなかったため、ソ連に対抗するために不本意ながら、仕方なく南のナチスドイツと結んだため、そのまま「枢軸側=敗戦国」となってしまう憂き目にあいます。大国に挟まれ、国境線を接した小国だからこそ、様々な苦難の歴史を味わってきたのです。
時は1899年、フィンランドは「フィンランド大公国」として一定の自治は認められていたものの、ロシア皇帝を大公と仰ぐまだまだ独立国と言えない状態でした。最後のロシア皇帝、ニコライ2世は、フィンランドの自治権を大幅に制限しようとしたりして、圧力を高めます。同じくロシアの圧政に苦しむポーランドなどでも独立の機運が高まっていたこともあり、フィンランドでも独立運動が少しずつ盛り上がりを見せてはいました。しかし、国境を接した大国ロシアに、限定的な戦闘で勝てても、全面戦争は仕掛けられないことを自覚しているフィンランドは、じっと耐える日々が続きます。
そんな中、フィンランド出身の作曲家、ジャン・シベリウスは、独立をひそかに目指す政党の新聞が主催する祝賀会のための歴史劇の音楽の依頼を受けます。フィンランド語で書かれた全6幕に前奏曲を加えた7曲を作曲したシベリウスは、1899年の初演の時に指揮も務めます。そして年が変わって1900年、最終曲の「フィンランドは目覚める」を、独立した管弦楽曲として改めて作品番号Op.26を与え、さらには「フィンランディア」という名前を付けます。独立した曲となった「フィンランディア」は、フィンランドの人々を奮い立たせました。曲の構成も、圧政を感じさせる不吉な冒頭の金管による和音、中間部に現れる、詩的な旋律、そして、最後は華やかに勝利を感じさせるクライマックスで終わる・・とわかりやすくなっていたために、瞬く間に人気曲となります。