「乾物屋」の運命 金田一秀穂さんは日本語からの絶滅を惜しんで豆を煮る

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知識ごと消える店

   流行り廃りの激しい話し言葉と違い、乾物屋のような「伝統名詞」は総じて安定している。危機は、その言葉が指し示す「もの」がなくなる時に訪れる。

   消えた商売は数知れない。たとえば、上記エッセイでも紹介されている鋳掛屋にラオ屋。前者は金物専門の修理サービス、後者はキセルの手入れをする職人だ。どちらも、金田一さんの父君らが編さんした辞書の中で、あるいは落語の世界にて、ひっそり存在している。

   保存食として考え出された乾物は、総じて賞味期間が長く、魚や野菜のように「早く売り切る」という動機が弱い。威勢のいい呼び込みや客寄せとは無縁である。客を静かに待ちながら、乾物全般についての専門知識を磨く店員もいるだろう。金田一さんに対応した店主のように、煮豆のおいしい作り方に通じていても不思議はない。

   そういう関連情報までが、店ごと消えてしまう寂しさ。「今のうちに、少し話をしてみたかった」という金田一さんの感傷は、業種ごと死語になりかけている商売への、言語学者なりの惜別か。上出来の煮豆のように、味がよくしみた、いい話だと思った。

冨永 格

冨永格(とみなが・ただし)
コラムニスト。1956年、静岡生まれ。朝日新聞で経済部デスク、ブリュッセル支局長、パリ支局長などを歴任、2007年から6年間「天声人語」を担当した。欧州駐在の特別編集委員を経て退職。朝日カルチャーセンター「文章教室」の監修講師を務める。趣味は料理と街歩き、スポーツカーの運転。6速MTのやんちゃロータス乗り。

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