今日は、シューマンのピアノの曲、「アラベスク」を取り上げましょう。演奏時間6分ほどの、性格小品といわれる独立した単独曲です。
イスラム芸術のすばらしさ伝える幾何学模様
キリスト教文明圏のヨーロッパの人たちにとって、「アラビア」というのは特別な響きがありました。もちろん、アラビア、すなわちイスラム教圏は異宗教として対立の歴史もありましたが、もともと異宗教にも寛容な宗教でもあるイスラム教は、中世の時代学問が栄え、ヨーロッパにルネッサンスをもたらしてくれるきかっけとなったのです。ギリシャ・ローマすなわち、キリスト教化以前のヨーロッパの文化や文典をもたらしてくれたのも彼らで、神学の圧倒的な優勢のもとに科学の発展も遅れていたヨーロッパは、学ぶところが多かったのです。
そんなイスラム教は偶像崇拝を禁じているので、礼拝の場であるモスクにも、聖像やイコンなどはありません。しかし、モスクの内部の壁面には、見事な「アラベスク模様」がある場合が多く、イスラム美術の神髄を伝えてくれます。多くの場合は、反復する幾何学模様が描かれていることが多く、大規模なアラベスク模様を眼前に見ていると、永久に続くかのように思われます。神の創造した永遠、を表しているこれらの文様は、おそらく、ギリシャ・ローマの幾何学の成果も取り入れた広大なイスラム文化圏の創造で、異教徒や文化の異なる人間にとっても、イスラム芸術のすばらしさを伝えてくれます。
小さなモチーフを連続して繰り返し展開
日本にも風呂敷などに使われる「唐草模様」や、寄せ木細工などにみられる連続した幾何学模様など、いくつも見られますが、それらの「連続するモチーフ」をクラシック音楽に取り入れたのが、ロマン派の作曲家、ロベルト・シューマンです。
この曲は彼が29歳の時に作曲されました。クララと結婚する1年前、若手作曲家・評論家として、頭角を現しつつあった頃の作品です。彼が活躍したロマン派の時代は、それまでの古典派時代から存在した、ソナタやロンドなどの伝統的な曲の形式から自由になり、「ラプソディ」「即興曲」「夜想曲(ノクターン)」等、特にピアノソロの曲で、新しい、形式が創造された時代でした。
その中にあって、シューマンは、「アラベスク」を創り出したのです。ある小さなモチーフを連続して繰り返し、それをだんだん展開してゆく...という作曲手法は、すでにベートーヴェンなどが得意とするところで、例えば「第5番交響曲『運命』」や、ピアノソナタ第17番『テンペスト』」なども、近似の手法で描かれているのですが、シューマンは、モチーフの繰り返しをある程度長く連続させ、あたかも「アラベスク模様」を目の前に見ているような曲を作り上げ、「アラベスク」と命名したのです。
シューマン以後も、ドビュッシーなどが「アラベスク」という曲を作ることによって、「アラベスク」は一般化しましたが、その最初の作品が、シューマンの創造した「音楽の唐草模様」こと、「アラベスク」だったのです。
本田聖嗣