植物が持つ擬態力、動物を操る能力、分散化能力を読み解く

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「植物は未来を知っている」(ステファノ・マンクーゾ著・久保耕司訳、NHK出版)

   著者のマンクーゾ博士は、フィレンツェ大学ニューロバイオロジー研究所長。植物から、環境問題、エネルギー問題、食糧問題の解決のかぎを会得することができると確信し、多彩な活動をするイタリア人研究者である。動かずに生きるからこそ、大脳なしに、集中管理なしに、繁栄する智恵を植物が得ているとの主張である。

   記憶力、繁殖力をはじめ、植物の9つの能力が紹介されるが、ここでは、人との関わりの深い擬態力、動物を操る能力、そして、インターネット社会のあり方のモデルとなる分散化能力にふれたい。

人間の関心を生もうとするライ麦

   生物は、環境から情報を取り入れ、環境へと情報を流す存在。生命維持に必要な平衡状態を維持するためには、コミュニケーションが不可欠なのだ。たとえば、周囲の状態や敵か仲間かを認識すれば、ほかの生物のまねをする標識的擬態、周囲の環境を模倣して自らの姿を隠す隠蔽的擬態という生命維持活動が起こる。

   擬態は、三つの立場からなる物語。模倣されるモデル、模倣する役者、そして模倣に影響を受ける受信者からなる。ご案内のように、カメレオン、ナナフシ、毛虫など動物にも擬態の名人がいる。

   レンズ豆やライ麦は、人間を受信者とする標識的擬態だ、という説がある。人類は小麦、米、トウモロコシの三種類の穀物にカロリーの60%を依存するに至ったが、その過程で、これら植物に擬態するメリットが生じたのである。地中海で栽培されるレンズ豆にはオオヤハズエンドウという擬態豆がある。ライ麦は、今でこそ麦の一種と見なされているが、三千年前には、小麦と大麦の周辺に生える雑草であった。栽培地が寒い地域に広がるにつれ雑草から栽培植物へ地位を向上させたのだ。

人間を依存症にした唐辛子

   植物は、子孫を残すために、昆虫や鳥類に種子の運搬、受粉の報酬を支払っている。なかでも人間は地上最高の運び屋であり、食べ物や美しいものを鑑賞する喜びを得ている。喜びには依存性のあるアルカロイドも含まれる。

   アカシアの甘い蜜にはアルカロイドが豊富に含まれ、アリが蜜の依存症になると攻撃性やアカシアの樹木の上で活発に移動する能力が高まる。象やキリンに噛みついてまで樹木を守る用心棒に育てられているのである。

   ヒトの唐辛子依存性はどうだろう。大脳は、舌が唐辛子の痛みを感じると、痛みを緩和するためにエンドルフィンを製造する。長時間のランニングの後に覚えるエンドルフィンの陶酔感と同じなのだ。南米で発見されてからわずか数百年の間に、人を依存症に陥れた唐辛子は栽培面積を拡大し、世界中でますます繁殖している。

人類が植物を擬態する21世紀

   根づくと身体はどうなるのか。植物にとって、捕食者にねらわれても即死しない分散化構造の身体が宿命となる。身体の大部分を切り取られても耐える身体。大脳や心臓がなくても生きていける身体。

   地下にある根こそが大切。根は、光や重力はもとより、温度、湿度、土壌の成分、空気の成分まで感じ取る。一本の樹木には数十億の根端があり、収集した情報は統一管理されることなく、根の単位ごとに生存の選択をしている。昆虫や鳥の群れが整然とした集団行動をとるのと同じく、中央集権のシステムがなくても、生存にふさわしい集団行動はできる。

   いま、植物の身体の生命維持のためのアルゴリズムがどうなっているのか、植物学・動物学の世界を越えて、科学者がフラクタル解析を行っているのである。個人がインターネットに常時接続してコミュニケーションすることが可能となってわずか10年。組織の意思決定も、トップダウン式から、現場尊重、多数決重視に急速に変化していく可能性がある。

   そうした仕組みをいかに作り上げるか。

   21世紀は、人類が植物を擬態する世紀なのかもしれない。

経済官庁 ドラえもんの妻

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。
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