20分弱の大作で、タイトルも「ポプリ」だった
現在演奏される「幻想曲」はテンポの違う3つの部分を持った、7分程度の曲ですが、実はこの曲のオリジナルは、演奏に20分弱もかかる長大な作品で、名前も「ポプリ」でした。作曲者フンメルの名が急速に忘れ去られたのと同じく、「ポプリ」の大きな部分が忘れ去られ、「幻想曲」として流通していた・・という夏のミステリーのようなお話なのですが、しかし、これは事実なのです。
「ポプリ」とは、フランス語で「匂い花籠」のことなのですが、音楽用語としては、「その当時流行していたり、人々によく知られたメロディーを織り込んで展開していく『お楽しみダイジェスト』のような曲の形式」を指します。
フンメルは、ヴィオラとオーケストラのために、師モーツァルトや同時代の大ヒット作曲家ロッシーニのオペラの旋律などを練りこみ、多少即興的にも聞こえる、長大なヴィオラのための、いわば「メドレー」曲を作曲したのです。
しかし、冒頭に戻りますが、歴史の淘汰に耐えて後世までのこる楽曲・作曲家はごくわずか・・・の通り、フンメルが花籠に詰め込んだ、オペラアリアの旋律などは、時代が下るにしたがって、聞いている人には意味不明のものになってしまったのでしょう。
誰が「大幅カット」を行ったかというのは、今や「歴史の闇」の中ですが、半分以上に刈り込まれてしまったヴィオラのための「ポプリ」は、伴奏の変奏も縮小して、「幻想曲」という名前で流通することになったのです。現在では、「ポプリ」も「幻想曲」も両方の楽譜が出版され、どちらも演奏されますが、長いほうの「ポプリ」を「幻想曲つき」と表記することも多くなっています。
たくさんの旋律を詰め込んだ「花籠=ポプリ」ではなくなりましたが、ヴィオラのための数少ない協奏的作品として、「ファンタジー」こと「幻想曲」は、かろうじて、フンメルの作品として生き延びたのです。歴史は時として残酷です。作曲者のオリジナルをいつも忠実に演奏しているように見えるクラシック音楽ですが、中には、こうやって「饅頭の皮だけ」のような編曲をされて、後世に伝えられる曲もあるのです。
本田聖嗣