日韓共同で薬物依存の治療法を探る

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朝鮮人参に着目

   今回の日韓共同研究プロジェクトで、研究対象になるのは、トリプトファンである。トリプトファンとは、代謝の段階で、「睡眠ホルモン」の異名をとるメラトニンや「幸せホルモン」ともいわれるセロトニンを作る必須アミノ酸の一つだ。

   しかし、トリプトファンは炎症によって基軸のズレが起きる。すでに齋藤氏らは、マウスを使った研究で、代謝の基軸のズレを起していることを確認している。

   齋藤氏は次のように説明する。

「トリプトファンの代謝のプロセスで、キヌレン酸という物質ができます。その量が異常に増えると、それがNMDA受容体に作用し、記憶障害を起こしたりします。また代謝の乱れでセロトニンが生成されにくくなり、その結果、抑うつ状態になったり、薬物依存につながったりするのです」

   そうした「代謝の基軸のズレ」を修復する物質を、日韓研究プロジェクトで見つけようとしている。

   日韓共同で乱用薬物に関連する論文はすでに60本以上、国際学術誌に発表している。今回発足したプロジェクトで注目しているのは、朝鮮人参(Ginseng)である。薬物依存のマウスを使った研究で、朝鮮人参が炎症を抑える効果があったことを、日韓の研究者はみつけている。

   今後は、朝鮮人参などに含まれるフィトケミカル(植物由来の化学物質)がどの程度、代謝の正常化に役立つかを調べていく予定だ。

   同時に、依存のメカニズムを解明して、依存症を治療する薬の創出にもつなげていきたいという。

   治療のアプローチを考えるとき、どうすれば「依存症」が根絶できるかをイメージしてしまうが、鍋島氏は前記の認知療法的なアプローチを考えているようだ。

「覚せい剤などを使う人は、何をやっても面白くなく、何をやっていいかわからない人、意欲のない人が多いです。そういうところに薬物がしのび込む。ならば、朝鮮人参などで代謝を正常化させ、何かをやりたいという意欲を回復させる。何かに取り組むときの学習能力を改善させてあげれば、いい循環になっていく。そうなれば、覚せい剤など使う必要がなくなってしまうはずなのです」

   確かに清原氏もインタビューで、薬物に走った理由として、現役引退した後の虚脱感、寂しさ、将来の不安などをあげている。治療によって、低下していた意欲をアップさせ、学習・記憶する力が正常化されれば、健全な形でドーパミンを出せる体が戻ってくる。

   6月上旬、冒頭に述べた日韓の研究者が韓国に集まり、今回の共同研究のキックオフミーティングが行なわれた。齋藤氏によると、今回の研究を二国間でやる意味には、「若い世代の研究者を育成していくこと」も含まれているという。

   2006年、国連広報センターが発表した世界薬物報告によると、約2億人が過去12か月以内に1度は薬物を使用したことがあるという。薬物依存は国家に経済的損失をもたらす。根本的な治療法がみつかれば、経済だけでなく生活の質(QOL)において改善が図られ、大きな貢献がもたらされる。この研究への期待度は大きい。

(ノンフィクションライター 西所正道)

公益財団法人韓昌祐・哲文化財団のプロフィール

1990年、日本と韓国の将来を見据え、日韓の友好関係を促進する目的で(株)マルハン代表取締役会長の韓昌祐(ハンチャンウ)氏が前身の(財)韓国文化研究振興財団を設立、理事長に就任した。その後、助成対象分野を広げるために2005年に(財)韓哲(ハンテツ)文化財団に名称を変更。2012年、内閣府から公益財団法人の認定をうけ、公益財団法人韓昌祐・哲(ハンチャンウ・テツ)文化財団に移行した。

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