■「人間の建設」(小林秀雄・岡潔、新潮文庫)
本書は、1960年に小林秀雄教授が、二十世紀最大の数学者岡潔と行った対談。戦争と平和、学問と芸術、トルストイとドストエフスキー、本居宣長のもののあわれなど、ジャズの即興演奏のように対談が繰り広げられ、日本史上最も知的な雑談との評もあるようだ。
心や情緒の大切さを繰り返し訴えてきた岡潔
小林秀雄は1902年東京生まれ。戦前から批評活動を行い、戦中は「無常という事」をはじめ古典に関する随想を手がけた。戦後、「モオツァルト」を発表し近代批評の表現を確立したと言われる。
岡潔は1901年大阪生まれ。多変数解析函数論における三つの大問題を一人ですべて解決した。後年は奈良で教鞭をとりながら、情緒と日本人、日本のこころなど、人文の意義を説き続けた。
表題の「人間の建設」は、情緒や豊かな人間性を快復する「人文」が重要との二人の一致点からつけられている。19世紀から20世紀の自然科学の進歩は、兵器の開発や人間性の低い労働につながり、「人間を破壊」したのではないかとの悔恨に根差している。
多彩な内容の中から二つの点をご紹介したい。
(1)岡潔は戦中戦後を振り返り、心や情緒の大切さを繰り返し訴えてきた。本書ではそのエッセンスが記されている。
〇個性とは
米国は個性を大事にすることを知らない国。自己主張と個性を勘違いしてはいけない。個性とはその土地に自然と備わるものであり、いいものには他人は共感する。普遍的な共感を呼ぶ。
〇情熱と情緒
教育をしていると、一時間なら一時間、どうすればわかってもらえるかと思って話す。その「情緒」が形に現れて相手に伝わる。数学もそう。文化もそう。
〇死をみること帰する。
満州事変以来三十年日本は心配な方へと歩き続けている。自分は幼時から「他を先にして自分を後にせよ」というただ一つの戒律を祖父に厳重に守らされた。目を見開いて何をしないという役目を日本は負っている。社会のために命を捧げる精神性。「死をみること帰する」とは、懐かしいから帰るという意味です。