タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
この欄でも何度か触れているようにデビュー曲やデビューアルバムにはそのアーティストの様々な要素が凝縮されている。どんな感性の持ち主なのか、どんな音楽をやろうとしているのか。全てはそこから始まって行く。
そういう意味で今年(2018年)の上半期で最も印象深かったデビューアルバムが4月25日に発売された小袋成彬の「分離派の夏」だった。
何しろ、アルバムの一曲目「042616@London」はモノローグのようなトークで始まっていた。内容は川端康成や三島由紀夫も登場する芸術論だ。作家はなぜ作品を作るのか。しかも語っているのは彼自身ではない。クレジットにあるのは他の男性の名前だった。
少なくとも一曲目にアーティスト本人ではない声の芸術論から始まるデビューアルバムを聞いたのはこれが初めてだった。
筆者が担当しているFM NACK5の「J-POP TALKIN'」のインタビューで彼はこう言った。
「パリの近郊の大学で音楽史を勉強している友人で、クラシックに造形が深い。アルバムを作ってると言ったらロンドンに来てヨハン・シュトラウスやベートーベンになぞらえて色んな話をしてくれたんですね。これは面白いと思って一部を入れました」
プロデュースは宇多田ヒカル
小袋成彬は、1991年4月生まれ。学生時代にR&Bユニットで歌い始め、卒業後、友人とTokyo Recordingsという音楽レーベルを発足、新しい世代のアーティストのプロデュースや編曲、作詞の提供などを手掛けていた。彼らが作り出す東京発の洗練されたデジタルな音作りは時代の先端を感じさせた。
ただ、多くの音楽ファンが彼の名前を意識したのは2016年に出た宇多田ヒカルのアルバム「Fantome」の中の「ともだちwith小袋成彬」でだろう。彼はゲストヴォーカルとして参加していた。
二人の間を取り持ったのはエピックレコードのディレクターだった。Tokyo Recordingsのプロジェクトが終わったその日に「宇多田ヒカルのアルバムのゲストヴォーカルとしてロンドンに行ってくれないか」というオファーが入ったのだそうだ。
アルバム「分離派の夏」のプロデュースは宇多田ヒカルである。彼女は、彼のデビューに当たって、こんなコメントを出している。
「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない ――そんな使命感を感じさせるアーティストをずっと待っていました」