宇宙船ビーグル号の教訓
昨年、創元SF文庫から新版が出た古典「宇宙船ビーグル号の冒険」(A・E・ヴァン・ヴォークト著)は、このような観点からも興味深い著作だ。巨大宇宙船ビーグル号は、科学者と軍人1000人を乗せ、長期の宇宙探索に出て、日本の往年の人気SF「ダーティペア」にもその子孫が出てくる猫型生命体ケアル、人間の精神を攻撃するリーム人、のちの映画である「エイリアン」のプロットがこれに類似するというので訴訟沙汰になった超生物イクストルなどが登場し、人類が科学の知識を動員して撃退するというものだ。最初に読んだのは集英社のジュニア版で、小学生の高学年のときだと思うが、若い主人公エリオット・グローヴナーが、縦割りで全体をうまく把握できず、内部抗争にふける諸科学(人文・社会科学も含む)を総合した「総合科学」(ネクシャリズム)の知識を総動員して、上記の宇宙怪物(ベム)を鮮やかに撃退し、宇宙船の中で評価と信頼を得ていく快進撃がとても痛快だった。文庫の最後にある、中村融氏の解説によれば、この著作は、国内と海外での評価が大きく違っているものの最たるものだという。スペースオペラ的ロマンチシズム、ホラー・タッチ、科学的なセンス・オブ・ワンダーなどの「本書の重層性」に日本の読者が「SFの1つの理想形」を見ていると指摘する。著者ヴォークトが個々の短編を集めて長編(原書1950年)とする際に、「部局間の内部抗争」というプロットを採用したことが、現代的で身近な問題として迫ってくることになったという。
評者としては、小学生時代に感動した、進んだ「催眠学習」により習得される「総合科学」(ネクシャリズム)の登場も夢想したいところだ。現実は、冒頭の仲正氏がその著作でいうように、「大きな理論の構築よりも、『常識』とされているものを捻(ひね)って見るためのヒントとなるような、事物を細かく切り分けていくための"若干の分析装置"を提供できれば、上等ではないか」という冷静な視点がいまの時代には求められていると考えた。
経済官庁 AK