身体言語の翻訳者
能楽の舞台から飛び出した、というよりハミ出した狂言界のスターも52歳になった。NHKの朝ドラ「あぐり」や映画「陰陽師」などで俳優としての地歩を固めた今も、主戦場はもちろん、狂言の舞台である。
日頃の鍛錬のたまものである「拮抗状態」。動きを止めた狂言師の装束の下では、あらゆる筋肉や神経が絶え間なく仕事をしている。バレエのように客席から筋肉の動きを追えないけれど、能と狂言は「動的静」を連ねた肉体パフォーマンスといえる。
「エネルギーの振れ幅」「ジグザグにベクトルを拮抗」「止まっていることの迫力」等々の表現は素人には難解ではあるが、「ああ、そうだろうなあ」という共感に至らせる文章の力。多方面で当代きっての表現者なのかと感心した。
並み外れた表現力や身体能力を持つ者が、己の所作、動作を的確に分析し、易しい言葉で説明してくれる。天からそんな二物を与えられた人はそういない。私たちは、身体言語の数少ない「翻訳者」のお陰で、別の世界を疑似体験することができるのだ。
冨永 格