将来の自分たちが手にいれる結果に対する、現在の自分の影響力
衝動的な自己と意志の関係を、エインズリーは複数の自己の間の交渉ととらえて議論を進めている。行動経済学者によって、この枠組みは精緻に展開されるようになっている。そのなかで、エインズリーの魅力は、おそらく彼の文学的才能からくるものであろう、その交渉の核心の把握とそのプレゼンテーションの冴えにある。
刹那の自己はその場限りの存在であるから、誘惑に負けたとしても、報復されることはない。事後の自分が過去の自分に罰を与えることはできない。ならば、どこで交渉はおこなわれるのだろうか。エインズリーはいう。「現在の自分の選択に影響する脅威は未来の自分による遡及的な報復ではない。将来の自分たちが手にいれる結果に対し、現在の自分の影響力を失うリスクだ」。交渉ゲームの掛け金は、将来に対する現在の自己の影響力なのだ。
そして、エインズリーはつづける。「自我は......利益同士の協力を仲介するブローカーであり、そして利益たちと同じく、それ自体も各種報酬によって生み出され形成される―つまり短期的報酬からうまく防衛することでもたらされる、長期的報酬によって作られる」。
我が国の財政運営に類比することが許されるなら、我々がすでに「将来の自分たちが手にいれる結果に対する、現在の自分の影響力」を失っているのでなければよいのだけれども......