今週は、超有名オペラのとあるアリアの原曲となった、あまり知られていない歌曲を取り上げます。イタリア・オペラの名作の数々を残したジャコモ・プッチーニの「太陽と愛」という小さな歌曲です。
二組のカップルが別離を選択する重要シーン
実は、かのベートーヴェンも、合唱付きの交響曲である「第九」を書く前に、「合唱幻想曲」という曲を残しており、交響曲のような大編成の管弦楽に合唱を組み合わせる、という前代未聞の試みをしています。作曲家が、大規模な曲・・・時として、その作品は、作曲家を代表する作品となることがあるわけですが、その陰に、周到な準備の一環として、あまり有名でない曲を残している場合があります。
プッチーニは、「トスカ」「蝶々夫人」「トゥーランドット」など、現代でも頻繁に上演されるオペラを作り上げましたが、最も上演回数が多い作品の一つが、パリに集う若き芸術家たちと、女性たちとの恋愛模様を描いた「ラ・ボエーム」です。名作オペラとなるには、必ず印象に残るメロディーを持ったアリアの数々がちりばめられることが必要ですが、「ラ・ボエーム」も冒頭から、主人公たちのアリアだけでなく、二重唱、三重唱、四重唱と、いくつもの名場面を彩るアリアが登場します。台本作者にも細かく指示を出して、台本にもこだわった円熟期のプッチーニの筆の冴えはすさまじく、これぞオペラ!という醍醐味を味わわせてくれる作品です。
その第3幕に登場するアリア、主人公と、その友人と、それぞれの恋人たちの二組のカップルが、お互いの事情によって別離を選択するシーンで歌われるのが、「さらば甘い目覚めよ」というアリアです。二組のカップルの複雑な事情を、同時に二組の二重唱で歌う、この悲劇オペラの重要なシーンです。そして、このアリアを知っているオペラファンが、彼の歌曲「太陽と愛」を聞くと、びっくりします。メロディーが同じなのです。
「再利用したくなるほど魅力的」だったか
「ラ・ボエーム」は1896年に初演されていて、歌曲「太陽と愛」は、1888年の作品ですから、明らかに、歌曲のほうが先に作曲されています。その歌詞の内容は、「太陽」と「愛」が、朝まだ目覚めていない女性にお互いに呼びかけ、太陽は女性を美しいと言い、愛は女性に、朝一番に愛しい人のことを考えなさい、と呼びかける、まことに「アモーレの国」イタリアらしい、かわいらしい感じの曲です。歌詞の内容から、「朝の歌」と副題がつけられることもあります。しかも、歌詞の末尾に、プッチーニからパガニーニへ、という一節があり、作曲者自身から、19世紀ヨーロッパを震撼させた天才ヴァイオリニストにして作曲家、ニコロ・パガニーニへのメッセージともとれる内容になっています。この歌曲の歌詞は、作曲家本人とされています。
そして、このメロディーがほぼそのままの形で、代表作であり悲劇のオペラ「ラ・ボエーム」の第3幕、重要な別離のシーンで現れるのです。歌詞の内容は、全くと言っていいほど対照的ですが、プッチーニにとっては、「再利用したくなるほど魅力的なメロディー」だったのでしょう。
稀代のメロディーメーカーとして、数々の大ヒットオペラ作品を作り上げたプッチーニは、時に、「じっくり寝かせた」メロディーを、オペラにちりばめているのです。
本田聖嗣