タケ×モリの「誰も知らないJ-POP」
音楽をジャンルで語ることはもう当たり前になっていると言っていい。ロック、ポップス、ジャズ、演歌、歌謡曲、そして、クラシック。そして、それぞれのジャンルが更に細分化されている。聞き手はそれらの分類に従って自分の好きな音楽を選んでいるという面もあるはずだ。演奏する側もその中で成長してゆこうという人が多いように思う。
2018年5月9日発売の平原綾香の15周年記念ベストアルバム「Dear Music」はJ-POP系アーティストのベストアルバムとしてはかなり異色ではないだろうか。いきものがかりの水野良樹の書いた「これから」と彼女自身が作詞作曲した「Smile Song」という新曲はあるものの、自分のオリジナルや日本の曲が含まれていない。15周年の15曲は彼女が出演したミュージカルの中の曲が主体となっている。
「私の中ではジャズがルーツと思っていた」
例えば、去年上演された、アメリカのシンガーソングライター、キャロル・キングの半生を描いたミュージカル「ビューティフル」から3曲、2015年上演の「サウンド・オブ・ミュージック」から2曲、2014年上演の「オペラ座の怪人」の続編ミュージカル「ラブ・ネバー・ダイ」から2曲、今年の3月から上演している「メリー・ポピンズ」から2曲、自身のルーツと言うジャズが2曲、サラ・ブライトマンがイタリア語で歌って大ヒットした「Time To Say Goodbye」とデビュー曲、「Jupiter」という具合だ。
平原綾香のデビューは2003年、ホルストの組曲「惑星」の中の「木星」に日本語詞をつけたのが「Jupiter」だった。冒頭からの彼女の管楽器を思わせる太くて奥行きのあるヴォーカルの力は衝撃的だった。
とは言え、その後の歩みが順風満帆だったわけではない。自ら作詞作曲したオリジナル曲を主体にしていた時期もある。第二の飛躍期となったのはクラシック曲に日本語の詞をつけて歌った2009年のアルバム「my Classics!」だろう。「クラシックの平原綾香」というイメージを持っている人は多いのではないだろうか。
15周年ベストアルバム「Dear Music」の歌詞カードに載っているインタビューで彼女がこう言っている。
「私の中ではジャズがルーツと思っていたから、平原さんと言えばクラシックですよね、と言われて、当時はすごく違和感がありました」
彼女の父親が日本を代表するサックス奏者、平原まことであることはもう説明は不要だろう。フォークやロックも含んだ新しいポップスがニューミュージックと呼ばれた時代からお世話になっていないアーティストの方が少ないかもしれないという第一人者、祖父の平原勉は戦後のジャズの巨人、トランペッター、南里文雄とホット・ペッパーズのトランペッターだった。まさに音楽家系である。「Dear Music」のインタビューではこんな話もしている。
「父は自分でコンサートもしているけど、スタジオ・ミュージシャンとしても活躍していて、私が小っちゃい時から、毎日『今日はクラシックを吹いてきたよ』『今日はジャズだよ』『今日は演歌だよ』『ポップスだよ』『童謡だよ』ってレコーディングした音源を聞かせてくれていたんです。だから音楽というものには、ジャンルみたいなものは存在しないと思っていて、クラシックだからどうだとかいうものが、あんまりなかったですね。それはいいことでもあるけれど、無責任になってはいけないんだなっていう気持ちがデビューしてから芽生えました」
「Dear Music」に収録されているミュージカルやジャズの曲もそれぞれにスタイルが違う。「ビューティフル」の中の曲はソウルやゴスペルなどアメリカンミュージックのルーツを感じさせ、「ラブ・ネバー・ダイ」は堂々としたオペラである。「メリー・ポピンズ」や「サウンド・オブ・ミュージック」の曲は舞台が見えるようだ。「ジャンルを超える歌」の見本のような歌が並んでいる。
「いかに慣れないことをやってきたか」
今年になって思いがけない場所で彼女の歌の説得力を見せつけられることがあった。
3月に武道館で行われた中島みゆきの曲ばかりを歌うコンサート「歌縁」もその一つだ。平原綾香はそこで「銀の龍の背に乗って」「孤独の肖像1st」「アリア~Air~」という3曲を歌った。時代もスタイルも違う三曲の渾身の歌唱は群を抜いていた。特に「アリア~Air~」は、2016年の平原綾香のアルバム「LOVE」のために中島みゆきが書き下ろしたものだ。彼女が自身のアルバムでセルフカバーした時も「平原さんみたいには歌えませんから」と言っていた。
やはり3月に放送された日本テレビの番組「地球劇場」でアリスの「さらば青春の時」を歌う姿をたまたま見た。アリスの3人を前にした熱唱に彼らも言葉を失っていた。テレビの歌番組での一曲で聞き手を沈黙させてしまう。それはすごみすらあった。
音楽に対して無責任になってはいけない――。
それが彼女の歌の原動力なのではないかと思う。
歌にエゴがない。うまく歌おうとか、自分のものにしてやろうという野心が感じられない。クラシックを歌う時にはその作曲家の生涯を調べて、その人とどこまで対話出来るかということから始めるというのもその一例だろう。「ラブ・ネバー・ダイ」も「メリー・ポピンズ」も最初は「無理だ」「いやだ」と思ったのだそうだ。
「汗水垂らして、必死になってやってきたものが、今回の作品なのかもしれないですね。この作品を聴いていただいて、平原綾香がいかにチャレンジしてきたか、慣れないことをやってきたかということが分かると思います」
5月7日、東京・渋谷のシアターオーブで3月から行われた「メリー・ポピンズ」の最終日を見た。ダンサーも交えた出演者の中で歌はもちろん、踊りも演技も主役の存在感は十分だった。ミュージカルもコンサートも音楽であることに変わりはない。5月19日から大阪公演も始まる。そして6月23日からはアルバムを携えたツアーも待っている。
アルバム「Dear Music」の歌詞カードでのロングインタビューはこんな言葉で終わっている。
「親愛なる音楽と共に一生走り続けたいです」
アルバム発売日は、彼女の34回目の誕生日。
ジャンルを超える歌の道は始まったばかりだ。
(タケ)